ジュニ子誕生記録② | 年子母の気ままな日常

ジュニ子誕生記録②

実はこれを書いているのは2007年の2月。

第二子も生まれたというのに、今更の更新になります。



これは陣痛だ! と確信に近いものがあったので、

猛然と入院準備をし始めた。


準備といっても、産院に持っていくものはさすがにまとめてあったので、

しばらく部屋を留守にするということで、

部屋の片づけやら簡単な掃除、身支度などを始めた。


トイレに行くとおしるしがあったので、

これはいよいよ、と覚悟を決めた。


ダンナは普通どおりに起きてきた。

「はじまったかも・・・」

というと、産院についてきてくれることに。

とりあえず電話をしたあと、

ダンナに荷物を積み込んでもらい、ダンナの運転で産院へ。


もう通常の診察も始まっていたが、

陣痛が始まったことを告げてあったので、すぐに診察。

子宮口が3cm開いていたので、入院してくださいということに。

診察のあとに座っていた場所に出血があった。

おしるしのやつだ。


NSTの機械をつけられ、陣痛の間隔をはかる。

痛みはだんだん強くなっていた。生理痛の強いのくらい。

でも、間隔は10~15分。まだ安定していない。


LDRに移動。

なんだか朝だったので、のんびりして、

これからお産だという実感があまりなかった気がする。


この産院の方針はソフロロジーなので、

以前産院からもらった

ソフロロジーのイメージトレーニングに使うCDの音楽が、

淡々と流れていた。


ダンナもいよいよ、会社に休みの電話を入れ、立会い体勢。



ここからが長期戦だった。


痛みの間隔もまちまち、子宮口もなかなか開かない。

太りすぎたからかな、と少し反省。今更だけどね。


運動するといいときいていたので、

うろうろ廊下を歩いたり、階段の上り下りをしたり。


痛みが来ると立ち止まり、ダンナにつかまってひたすら耐える。


ダンナは、私の痛みがあるとき以外は

手持ち無沙汰気味に過ごしていた。

お互い初めてのことなので、どう過ごしていいかわからなかった。


昼ご飯も食べる余裕はまだあった。


トイレにも2~3回行き、お通じもあった。


痛みはかなりのものになっていたが、

なかなか赤ちゃんが下がってこないのだという。


痛みを逃すのはなかなか難しくて、

いろんな体勢を試してみたけど、これというものはなかった。

ベッドの上であぐらをかいたり、

食卓の椅子に抱きついて足を広げてみたり、

ただダンナの手につかまって立って耐えてみたり。

でも、比較的、立っていたほうが耐えやすかった気がする。


がんばって立ったり座ったりしていたが、

このあたりからちょっと疲れてきた。


うとうととベッドの上で横になってしまうと、とたんに陣痛が遠のく。

一度、20分も間隔があいてしまったことがあったので、

そのままなくなってしまうとまずい、ということで、

再び体を起こして活動。


この日は土曜日だったので、

父親が来たり弟が来たり。

夕方には仕事を終えた母が来た。

入れかわり立ちかわり。


人が来るとつらそうな表情は出せないので、

表面上はなんてことない風に過ごしていた。

痛みはかなり強くなっていた。


産まれたら連絡するということで、家族は一時帰宅。


何度も何度も診察されたけど、

お産はなかなか進まない。

診察のたびに子宮のあたりをぐ~っと押されて、

これがかなりつらかった。

陣痛に合わせて押される。

(痛みの最中でないと、どれくらい開いてるかわからないようなのだけど)

ときどき、会陰をのびやすくするためか、

ぐりぐりとこぶしで穴を広げられ、これまた激痛。


あまりにお産が進まないので、

「腹圧をかけてみましょう」

といわれた。


この時点で午後4時くらいだったと思う。


普通は、子宮口が全開するまでいきんじゃいけないんだけど、

この場合は、赤ちゃんが下りてくる手助けをするために、

お腹に圧力をかけろということらしい。


看護師さんの指示で、

あおむけになってお腹に力を入れる。

いきむってどういう感覚かがわからないので、

看護婦さんに言われるままに、

見よう見まねで力を入れてみる。

背中を丸めて、お尻の辺りに力を入れる。

これがなかなか難しかった。


何度も何度も力を入れた。


痛みもかなり強くなってきていて、

ダンナと会話をするような余裕はなくなっていた。


数え切れないくらい力を入れた頃。

子宮口は8cm開いているといわれた。

そして、力を入れたあと、
子宮から大量の水が流れる感覚があった。

「破水です」

看護師さんが、わらわらと忙しく動き始め、

ベッドは分娩台に早変わり。

産院で購入した防水シーツや脱脂綿を敷き、

ライトが取り付けられ、いろんな器具が運ばれてきた。

それまでの、穏やかな部屋の感じが一転、

手術室みたいになった。

足を乗せる台が登場したので足を乗せ、

足にはカバーがかけられて固定された。


いよいよ架橋だと思ったけど、

これからどれだけつらい思いしなきゃなんないのかと、

内心はびくびくだった。


助産師さんが出入りし始めて、

一人は私の前に、一人は私の横にスタンバイ。

(だった気がする)


雰囲気が一気に物々しくなったので、

私は何だか心細くなった。

隣にダンナはいてくれてるのだけど、

右腕に点滴の針を刺されたので、

そちらがわにいるダンナの手を強く握るのが怖くて、

(左にダンナがいればいいのに!)

ってずっと思ってた。

なのでここからはダンナの手を握れず、

左側にいる助産師さんの手を握っていきみ逃ししてた(笑)


この辺からは、もう記憶が曖昧。

いつのまにか外も暗くなっていて、まもなく夜というところだった。


陣痛は相変わらず不規則だった。

でも痛みはかなりマックスに近くなっていた。


視線をどこに固定していいかわからなかったので、

分娩監視装置をにらみつけて、

陣痛の波と赤ちゃんの心拍をずっと見ていた。

ときどき装置がずれるのか、

心拍がきこえなくなって装置が「ブッブー」っていうのがこわかった。

心拍止まったんだと思ったから。


いよいよ痛みが強くなってきて、

あとどれくらいですかって聞いたら、

1時間くらいかな、って言われて、

そんなにかかるの? とげんなりしたことを覚えている。


助産師さんのリードで、

何度かいきんでみた。


自然に来る「いきみ」のリズムはたぶんあったんだと思うんだけど、

初めてのことでどうしていいかわからない。


陣痛がきたらお尻のほうに力を入れて、と、

いろんなアドバイスをしてくれるのだけど、

なかなかコツがつかめず、そのとおりに出来ない。


なんかもう、指示とはむちゃくちゃに、

とにかく力を入れまくっていたら、

陣痛がないときにもいきんだりしてて、

痛くないときは休んで、って言われたけど、

陣痛の波もめちゃくちゃで、

もういつ痛いのか痛くないのかもわからないくらい、

とにかくずっと痛かった気がする。


部屋の隅のほうで、

赤ちゃんを取り上げるためにスタンバイしている院長が、

なんと居眠りしているのが目に入った。

しばらく出番がないとはいえのんきなもんだと、

とても面食らった。

まあ、私には初めての出産とはいえ、

院長にとっては何万もいた産婦の一人だもんなあ。


私には呼吸器をとりつけられた。

院長の

「吸引の準備して」

の声が聞こえた。

あれってなかなか赤ちゃんが出てこない人用の

ものだった気がするんだけど・・・。


数え切れないくらいいきんだと思うんだけど、

あとどれくらいで終わるのか見当もつかなかった。

自分で進み具合がわかればいいんだけど、

あと何分くらいなのかってこともわからないので、

苦しみが永遠に続くような気になってしまう。


額には玉の汗が浮かんでいて、

ライトの光と乾燥で、涙もボロボロ。


よく、いきんでいいって言われてからは、

いきみを逃すよりも楽だなんていうけど、

私にはその感覚は全然わからなかった。

陣痛が来ると腰が引けてしまって、上手に力を入れられない。

陣痛の強さも感覚もまちまち。


それでも何とかお産は進んだようで、

院長がやっと立ち上がった。


どの時点だったかわからないけど、

毛を剃られた気がする。

(分娩台になる前だった気もする)


切開するよ、との声もなく、院長が無言で何か処置している。

あとで、そこで会陰切開があったんだとわかった。

麻酔の痛みすら感じず、いつ切ったのかもわからなかった。


痛みがきているときの顔は、

すごい顔だったと思う。

痛くて「う~ん!!」って声も出てたので、

かなり苦しそうだっただろう。

実際、辛そうだったとダンナが言っていた。


ダンナはこのとき、私に呼吸を合わせていて、

過呼吸気味になってしまったという。

二人目からは呼吸は合わせないようにする、と反省していた。


ダンナが私の額の汗を拭いてくれる。


陣痛の痛みがすごかったので、

赤ちゃんが下りてくる感覚とかは全然わからなかった。

でもこの時点で、やっと赤ちゃんの頭も見えていたらしい。


切ったら早かった。


相変わらず指示通りにはなかなか出来なかったけど、

何度か渾身の力をこめて、

「もう出てきてるよ~」

の言葉が聞こえて、まもなくだということがわかった。


「次で出すよ~」

の言葉で、

とにかく自分が出したことないくらい力を振り絞っていきんだ。


何かがお腹の中からずるずるっと引き出される感覚があって、

中から赤ちゃんが登場した。


同時に、元気のいい赤ちゃんの声。


感無量。


第一声はなんて言ったか覚えていない。

なんか気のきいたことを言わなきゃと思ったけど、

特に何も思いつかず、見たままの感想を言った気がする。

赤ちゃんは赤黒くて小さくて、ブサイクだった(笑)

出された直後にお腹に乗せてもらうと、

当たり前だけど自分と同じ体温があり、温かかった。

それを感じたとたん、

「産んだんだなあ・・・」

と実感。


これからどんな生活が始まるんだろう、と、

いろんな考えをめぐらせた気がする。


ダンナが、

「がんばった」

とねぎらってくれた。


やっと終わった。



しばらくは放心状態で、

そばにいる赤ちゃんの存在も気にかけることが出来なかった。

この時間で、赤ちゃんは洗ってもらったり、

いろいろ計測してもらったりしていたと思うのだけど、

気付いたら、ほかほかになって、

真っ白の産着を着て、私の横にやってきた。


頭を腕に乗せてもらい、

寝たままの状態でしばらく抱っこした。


まだ目は見えていないし、

この世界に生れ落ちて少しの時間しかたっていないのに、

なぜか私の顔をじっと見て、

それまで泣いていたのに、とたんに泣き止んで静かになったのだ。

抱っこしている間中、目が合っていた。

絶対に私のことわかってるんだと思った。これは確信。


もちろん軽かったんだけど、

腕に乗せられている頭にはちゃんとずしっとした重さがあって、

「生きてるんだなあ」

って感動した。


そのあとは胎盤をとりだしたり、切開のキズの縫合があったりと、

出産が終わった直後なのに、

いろいろあとの処置が長かった。

でも出産に比べれば100倍楽。

縫合は全く痛みは感じなかった。


ひと段落すると、体が異常に疲れていることにやっと気付いた。

それまでは無我夢中だったからね。

感じたことのないような疲労感で、とにかく体の感覚が変だった。


この時点で、スタンバイしていた家族がぞろぞろと登場。

一人目ってみんな気が気じゃないのか、

家で待ってなかったらしい。

(二人目のときは夜だったこともあって、朝まで誰も来なかったし)


写真やらビデオやらいっぱいとって、

家族とダンナは盛り上がってたけど、

いったん赤ちゃんと離れてからは、

私はとにかくどっと疲れて、ぼーっとしてた気がする。


これを書いているのが2年後だから、

この辺の記憶はもうかなり曖昧。

経過観察の時間も、どうやって過ごしたのか覚えていない。


ときどきお腹を押されて、お腹の内容物を出されるのが痛かった。


ともあれ終わった・・・。