最近、自分を見失うことがある。

自分の魅力は何だ?とか長所は何?
何か成功したことあるか?とか認められたことあったっけ?
愛されたこともないなぁ…

って、自分のこれまでに何もかも否定的になる。

所詮他人に言われた些細な事を、
何年も引きずってる。気にしなければいいのに。

たまに、人から肯定的な事を言われても、
どうせ社交辞令だろとか、皮肉に受け取ってしまう。

悪いのは何でも悪意として受け取る自分。
人に愛されないのは、自分を含めて全部愛してないからなんだよね。

わかっているけど、負の螺旋がとまらない。
今度こそ何とかなると思っていたから。

うまくいったらこのブログをを削除して、無かったことにしたかった。

結局駄目だった。

人生の負け星が6から7に増えた。

増えるたびに、だんだんと痛くなくなってくる。

降格しそうな、サッカーチームやペナント6位の野球チームも、

こうして負けに抵抗になくなってきてるのかな?

負ける原因を解明して、なんとかしなければ。

もう泣かないと決めたのは5回目の時。

泣かないようにしていたら、泣けなくなってきた。

はいあがろう、負けたことがあるというのは、いつか大きな財産になる

スラムダンクの山王工業の堂本監督の有名なセリフ

勝った時には、僕はきっと今までの分も泣くのだろう

だから、泣かない。
容姿がいいものは男女かまわずモテる。

※ただしイケメンに限る

なんて言葉があるくらいだから僕はそれが前提だと思っている。

そして、私は容姿が悪いほうだと思う。すくなくともイケメンには入らないだろう。
これって、相対的な評価だし、定常的に数値化出来ない部分ではあるが、
今まで受けた体感的な評価を振り返ると、たぶん下の方だろう。

なぜ容姿が悪いかって、『キモイ』とかいままで言われてきたことを思えば大体わかる。
男子校時代は、一番ブサイクとかいわれたような気がするし、
一時期トラウマみたいになってたのも確かにあったと思う。

だからといって、現在コンプレックスになっているかといえばそうではなくて、
20も後半になってくると容姿が異性に求められるかってそれほどではないとも思っている。

それより、髭とか綺麗にするとか、髪を定期的に切るとか、
靴を定期的に磨くとか、しわのあるシャツを着ないとか、
スーツとシャツの選び方やネクタイの色。フケがつかないようにする。
そういうところに気を使うほうが大事かなって思う。

服にはお金をかけるほうじゃないけど、もう少し自己投資すれば人の印象も変わると思うから
今度のボーナスは少し服に投資して、試してみようと思う。

モテるってよくわからないけど、一言で言うとこんな感じなのか。

①中学はいるまでは、足が速いとか力が強いとかそういうのがモテる。

②中学から大学出るまでは、単純に容姿が優れたものがモテる。

③大学出て社会に出たら、金がある(あるいは将来的に収入が見込める)奴がモテる


別に、不特定多数にモテても、自分はどうしていいか困ると思うし、
内面を見ない限りは無意味だと思うけど、自分も見た目や先入観で判断しているような部分
は間違いなくあるだろうし、そこを直していければ少しは世界が変わって見えるのかな?