我慢するということは、何かを成し遂げるためにある。
ベビメタで語ると、SU-ちゃんの作詞、
書きためたノートには思春期に感じたおおよそ、一般人と同じようなことが、中元すず香さんの視点で描かれていることだろう。
荒井由美が松任谷正隆さんのところで音楽を吸収し、
時に中央高速を走ってはピール工場に眼をやり、
時に観音崎のカーブを曲がり、
埠頭を渡る風に感じ、
空の雲の低さに天使を見たり、
夜のFMから流れる流星群のニュースに空を見上げたり、
雨音に気づいて起きて見たり
と、弾けるような青春を書き残したが、
中元すず香さんは、まったく違った視点で
雨を降らせてみたり、
原爆ドームをみたり、
稲荷神社にいったり、
英国をまわったり、
フェスを席巻したり、
怪物(RHCP.Guns'n.など)を友達にしたり、
スマホで星空を作ったり、
超ハイレベルなアイドルグループ4人分を1人でカバーしてみたり、
力うどんをチカラづくで我が物にし、
コンパクトディスクの名前を一瞬で変えてみたり
5万5千人の1人残らずヘドバンさせたり
これらが中元すず香さん視点で描かれていたとしたら、誰も共感できないが、驚きと畏怖と尊敬の念で聴くしかない。
これらを全部きつねの箱にしまいこんで
誰にも見せずにおいていることを我慢という。
この箱が開くとき、私は見たいような、見たくないような不思議な感情に囚われる。