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音楽とスピリチュアル、私の2つのライフワーク

サイキック/スピリチュアル能力者として活動するバイオリン弾き、よーいちの日々の活動と学びをご紹介するブログ

霊的なサービスの価格とリスクについて考えたこと

霊的なサービスに価格設定をする上では、時間や技術料、サービス料だけではなく、

 

「原因を特定できないまま、術者側に実際の負荷が発生し得る仕事だから、その不確実性を価格と運用に織り込む」

 

という側面もあるのではないか、と考えた。

 

霊的な仕事には「よく分からないリスク」がある

これはチャネリングのような霊的なコンタクトのみならず、対人カウンセリング的なセッションでも生じ得る。

 

相手に深く同調する以上、その心理状態やエネルギーに巻き込まれるような負荷はあり得る。 

 

ヒーリングや浄霊では、それに加えて、対象となるエネルギーへ意図的・積極的につながり、介入する。

 

その意味で、リスクそのものが別種というより、その存在をより明確に認識し、技術や運用の中にあらかじめ織り込んで行う領域だと私は考えている。

 

ここで厄介なのは、その原因や因果関係を特定できないことである。

簡単に言えば、根拠がない世界なのだ。

 

「霊障」や「波動の影響」と呼ばれるものが、本当に因果関係として成立しているのか。

 

私はこれを肯定することも否定することもできない。それは本当にあるのかもしれない。

 

(無論、霊視や施術をする際はそれがあるものとして真摯に向き合っている。)

 

あるいはひょっとすると、そのリスクは、まったく別の心理的・身体的要因によって生じているのかもしれない。

 

しかし経験上、その仕事を通じて、クライアント側に何らかのポジティヴな変化が起きることもあれば、術者側に精神的・身体的な負荷が生じることも、実際にある。


つまり、よく分からないものを扱い、よく分からないリスクを引き受ける仕事でもある。

 

そう考えると、こういったサービスが、

お医者さんにかかったり、神社やお寺で祈祷を受けたりするより高額になることがあるのも、ある程度は致し方ないのかもしれない。

 

保険もきかない。統一された伝統的な体系があるわけでもない。かなりの部分が個人技の世界である。

 

それでも、

「この人になら、このよく分からない問題をお願いしたい」

というところに需要は生まれる。

 

ある意味、アウトローなのだ。

 

だから、本人が十分に理解し、自由意思に基づく信頼と同意が成立しているのであれば、

極端な話、「この先生になら1億円でもお祓いをお願いしたい」という人がいても、それ自体は当事者間の価値判断だと思う。

 

一方で、リスク管理は術者側の義務でもある。

 

無理なら断る勇気も必要だし、引き受けた仕事については、必要な対価をきちんといただくことも必要だと思う。

 

その代わり、クライアントに「これだけやってあげたのだから」という罪悪感や心理的負債を背負わせてはいけない。

 

お金は「交換を終わらせる」ためのものでもある

ここから先は、あくまで私自身が霊的な世界観の中でどう捉えているか、という話になる。

 

チャネリングなどのセッションでは、有料にすることによって、カルマ的なエネルギーがお金という交換手段へ「アース」されるように感じることがある。

 

仮にこれが完全な無料奉仕だった場合、メッセージを受け取ったクライアント側にも、

 

「例えば神様から受け取ったものに対して、どう応えるのか」

 

という別の負荷が生じる可能性がある。

 

チャネラーはあくまで、そのメッセージを媒介した存在である。

 

霊的な言葉を使うなら、上の存在から何かを受け取った以上、それにどう応えるのか、という問題が生じる。


それに応えられなかった場合に生じるカルマを、クライアント自身が引き受けることになる可能性もあるのかもしれない。

 

しかし、そこで金銭という明確な交換が成立すれば、

 

「サービスを提供した。対価を支払った」

 

というところで、一度関係を清算することができる。

 

お金に「逃がす」、あるいは「アースする」というのは、私の中ではそういう感覚である。

 

お金を払ってもらうことは、術者を守るだけではなく、クライアントを守るためでもある――という理屈も、私の中にはある。

もちろん、これは実証できる話ではない。

 

ただ、霊的な説明を全部取り払って考えてみても、金銭によって交換関係を明確にすることは、

 

「これだけしてあげた」
「こんなものを受け取ってしまった」

 

という双方の心理的な貸し借りを残さないための仕組みにはなり得ると思う。

 

「分からない世界」だからこそ、恐怖を利用してはいけない

そして、ここからが重要である。

 

この世界では、自由意思に基づく信頼と同意が必要だと書いた。

 

それは術者を守るためだけの原則ではない。

 

クライアントを守るためにも、まったく同じ原則が必要である。

 

原因が分からないからこそ、その「分からなさ」を利用して恐怖を煽り、クライアントを支配してはいけない。

 

「このままでは悪いことが起きる」
「これをしなければ救われない」
「あなたにはこれだけの浄化が必要だ」
「言うことを聞かなければ呪われる」
「従わなければ魂が成長しない」

 

こうした言葉によって恐怖を植え付け、支配的な依存関係を構築することとは、明確に線を引く必要がある。

これでおかしくなったスピリチュアリストや能力者を、私は山ほど見てきた。


私自身が関わった能力者やグループでも、こうした問題に陥ったケースはかなりの割合にのぼっている。

 

「分からないものを扱うのだから、術者にもリスクがある」

 

という理屈が成立するのであれば、逆もまた成立する。

 

分からないものを扱うのだからこそ、術者の言うことが絶対になることもない。

 

不確実性は、術者がクライアントを支配するための根拠にはならない。

 

最後に決める主体はあなたにある

術者側のリスクと安全性から始めた話だが、クライアント側にも同じようにリスクと安全性の問題がある。

 

だから、クライアント側にも強調しておきたい。

 

自分が納得していないのであれば、恐怖によって要求された金銭を支払う必要はない。

 

霊感商法などについて法的な不安がある場合は、公的な消費生活相談窓口などに相談してほしい。

 

そして、

「これをしなければ救われない」
「呪われる」
「魂が成長しない」

 

といった霊的な脅しについては、その場で無効化して構わない。

 

霊的なサービスには、術者にもクライアントにも、分からないことがたくさんある。

 

分からないからこそ、信頼と同意が必要になる。

 

そして最後に決める主体は、あなた自身にある。