(自分の備忘録です)
2026年8月13日
千葉大豪雨の夜に父が旅立ちました。
突然のことでした。
私は、いろいろな事情があり両親とは一時期距離を置いていました。
入院中に過去を思い出してしまう出来事があり、私を心配した息子と夫が「もう会わないほうがいい」ということで最後に父の姿を見たのは、施設に入所する日でした。
急変の連絡を受けたのは19:30
延命処置の確認と救急搬送の確認がありました。元気な時に「延命はいらないよ」と言っていた事。当日は警報が出ていて搬送も難しいという説明。
私はどちらも必要がない事を伝えました。
21:30 再び連絡がありました。「来れますか?」
その時点では電車も止まっていたり、車で向かうことも難しい状況でした。
私は看取りをお願いしました。(ひどい娘です)
22:59 亡くなったと連絡がありました。
その日、お盆休み初日の息子の部屋のエアコンから突然、水滴💧が落ちデスクが水浸しになってるとLINEがありました。
翌日、父を迎えに行き
安置させていただいた祭壇にも天井の換気口から水滴💧が落ち水浸しに。不思議に思った息子がセレモニーホールの方に尋ねたところ「うーん ないですかね。でも昨日の大雨のせいかもしれませんね」
息子も私も「父は知らせに来たんだ」と確信しました。
いろいろな準備をするため、両親の自宅に行くと必ず外は大雨。自宅を出ると青空という現象がお葬式の日までずっと続きました。
「マンションに帰りたい」とずっと言っていた父。
売却するために片付けてしまって、住んでいた時とは少し様子の違う自宅になってしまいました。そして、姿が変わった父を念願の自宅に帰すにあたり息子が食卓を元の位置に戻して、父の思い出の品を飾り‥父の遺骨を置いた時にまた大雨。
同時に木が風で揺れて「ありがとう」と何度も深くお礼をしているように見えました。
私は怖い目をする時がある、その父の姿は嫌いでした。
でも、なんでしょうね
今は優しい顔と心配している時の声しか思い出せません。よく作ってくれた料理や復縁した後に訪ねて行くと、途中まで迎えに来てくれたり。
最後に向き合って会話したのは施設見学に行った日。「ありがとう。これ」と言って渡された現金を「受け取れないよ」と言って返した時に泣きながら「じゃあ〇〇に渡してくれ」と言った顔が忘れられない。
緊急入院した時に「ありがとうね」と力なく言った言葉。私が撫でた父の頭の感触も忘れられない。
入院中、父の涙を初めてティッシュで拭いたことも忘れられない。
父が期待する親孝行は出来なかった。
だから、毎日少しでもいいから父との事を思い出して感謝しようと思っています。
母のことを心配していたので、私はきちんと最後までお世話していきます。
お盆の初日に旅立った父。
眠るように息を引き取ったと聞きました。
安らかな顔でした。
もしかしたら‥弟が迎えに来てくれたのかもしれません。ありがとう。
父のいろいろな手続をしながら
87歳まで頑張って生きてきた足跡を辿り、思いを寄せて‥本当に本当にいろんなことがあったけれど、感謝して‥父の冥福を祈る日々を過ごして行こうと思います。
お父さん
〇〇のこと見守ってあげていてね。おじいちゃんのこと尊敬してる孫だよ。
お母さんのことは心配しないでね。
お父さん
ありがとう
天国で大好きだったお酒をたくさん飲んでください。
お父さん
さようなら
ありがとう
お読みいただきありがとうございました。
