本日12時から同志社大学で行われた関西の大学生による東北太平洋沖地震への復興支援について考える会に参加してきました。

100人ぐらい集まってました。
しかも仕切ってたのは19歳の女の子。
彼女のふとしたTwitterでのつぶやきからこれだけの人が集まった。
情報社会恐ろしや。

終わったのは17時過ぎ。
5時間もぶっ通しでディベートしたのは生まれて初めてです。

今回の集まりの目的は
「支援が必要となったとき即行動に移せるように、良質な情報を共有し、関西の学生のネットワークを作ること」

ディベートは主に

①我々学生が気を付けなければならないこと。
②今できること。
③これからできること。

について議論されました。

全部書いてたら本当にきりがないので要点をまとめようと思います。



大事なのはやはり公的機関との連携。
募金するにしても信憑性は大事。
公的機関が発信する情報を積極的に共有するべし。
情報リテラシーを身に付け発信に責任を持つ。
良心を利用した悪質な詐欺なんかにも引っ掛かるな。

献血も大勢が殺到したら無駄になる。
血は4日しかもたないし一度献血したら一定期間できないから。
今何が必要とされているのか、良質な情報を共有しよう。

所詮学生が闇雲に現地に赴いたところでレスキューのプロフェッショナルじゃないのだから役には立たない。
阪神大震災の際の大学生グループの例もある。

何か役に立ちたい、そんな気持ちは誰にでもある。
「人命救助」
「復興支援」
前者は我々には無理。
後者ならできる。

東北について勉強するのも大切なこと。
仙台は牛タンが美味しい。

何ヵ月か経って復興し始めたときに、現地に遊びに行くのも方法の一つ。
何故なら東北を身近に感じられるから。
愛着を持てるから。
学生には時間と体力がある。

東北がピンチって聞いてもなかなか実感わかないけど、ディズニーランドの駐車場が冠水って聞いたらドキってするでしょ?
それはディズニーランドが身近な存在だから。

支援も楽しくなくちゃ続かない。
現地で人と触れ合って思い出ができたら楽しいし、風化しにくい。
ひとごとだと思わないことが大切。
現地でお金を使って経済を活性化させることも支援に繋がる。

もちろん今は行ったらだめ。
余震で建物崩れて埋もれても迷惑かけないって断言できる奴は行けばいい。
安全な所にいるからこそできることも沢山ある。

普段と変わらない生活を送ること、お金を使って経済活動することも大事なこと。
じゃないと日本全体の経済が沈むから。

物資を提供するだけじゃなく東北のものを買おう。
経済を活性化させよう。

今我々にできるのは悲観することじゃない。ポジティブに生きる。
日本は地震が起きても暴動も略奪も起きない素晴らしい国だから。

過去から学ぶ。
阪神大震災や新潟中越地震など大きな地震はこれまで幾度もあったがその度復興してきた。
どうやって復興したのかを知ることは大事なこと。

明日は我が身と身近で不安がってる人の心の支えになることも必要なこと。
おじいちゃんおばあちゃんや一人暮らしの友達等はニュースを見て不安にもなるだろう。
支援は規模じゃなくやるかやらないかで考えよう。
自分が体験してこそ人と情報共有する際の最大の武器となる。
災害への対策知識も身に付けよう。



こんな感じ。
こんな風にディベートの内容を公開して共有することも参加した人間の義務だと思うから書きました。



これからもこの団体は何らかの活動を行っていくので、今日参加できなかった人もメーリスに参加しよう!

koncham@ymail.com

に名前、大学、学部、回生、電話番号を書いて送ろう!

Twitterでのタグは
#for311kansai
月曜日のブログの続きみたいな話。

大分、話は変わるけど。


例えば、犯人に自分の身内が殺されたとして。

もちろん、その犯人を警察に捕まえてもらって、たとえ死刑になったとしても許せないし、気が晴れるわけでもないって分かっていても、殺してやりたいとさえ思う人もいるだろう。

まぁ、そんな復讐心というマイナスの感情を強く維持し続けるなんて体力が持たない。持ち続けられたとしても、復讐心だけで人間を殺せる人ってなかなかいないからじゃないんだろうか。

まず、何より罪を犯すという罪悪感・同族を殺すという本能的嫌悪、それに加えて、自分が自由を奪われて刑に服す時間・家族や友人にかかる迷惑などを考える。

ということで。復讐のために、人生の大半を捨てる覚悟なんてほとんどの人には出来ることではないんではないだろうか。


法が人を裁くのは、許し、許されるためである。刑に服すということは、それでチャラにしようということ。みんなで忘れようということ。大概の被害者はそれでは納得出来ないし、加害者が裁かれてしまってはもう何もしようがない。被害者は時間でしか、復讐心を収め、傷を癒すことが出来ない世の中で、被害者は幸せになれるのだろうか。



ま、超極論ですね。気にしないでください^^;

次のブログは軽い話題にしようヽ( ゜ 3゜)ノ
今日のテレビでサンデル教授が出てた番組(番組名忘れた。。)を見ていた。

その中で、ある隣にいる一人を殺さないと、五人が死んでしまう状況で、1.一人殺して、五人助けるか 2.一人を殺せない という選択肢が合った。

テレビに出ていた人たちは(TV上仕方なく?)一人を殺すことに迷っていたが、

ボクなら迷わずその一人を殺して五人を生かす考えになると思う。もし、その一人が日本人でその五人が全く知らない外国人だとしても。


人は単純に足し算引き算するものじゃないっていっても、ボクは一人生きるか・一人殺して五人生きるかを選ぶなら、その人の人種・自分との人間関係に関わらず五人を生かす方向に考えが動くんじゃないかなーと思う。


ま、実際そんな状況はないだろうし、ボクに殺人罪を被ってまで人を殺す勇気があるかと問われるとやっぱないんだろうな。




明日は昼からスナップ撮影だ\(*⌒0⌒)/
頑張りたいね。