愛を感じずに生きていくことはとても苦しい。誰かから愛されること、誰かを愛すること。想い人がいることはそれだけでしあわせがある。けど、そこで満足できる人はなかなかいない。

というよりも、現状に満足を感じることができる人はそういない。ならば幸せは刹那の中にだけあるのかもしれない。

けれど、その刹那の幸せがなければ人は荒んでいく。荒んでいけばどこまでも荒んでいく。そこに限りはない。無に限りはない。

しかし、そこからもしまた潤いを持った心になるにはやはり愛がいるのだろう。これを悪循環とおもうかどうかはその人次第だが。また、これが煩悩とよばれたり、罪だとか罰だとか言われるのは納得できるが、神様を信じるより自分を私は信じたい。神様は裏切らないから信用できないなんて戯言。


悩みが尽きることなんてないのだから

愛や恋にまみれていられることは幸せ

恋愛至上主義


なにもかもがどうでもよくなる前に愛を掴む


なにもかもがどうでもよくなる前に愛を渡す


愛を与える


捕まえる 追わせる


愛しかたはそれぞれ


俺は俺の 私は私の


逢い引きしましょう


そこででしかできないこと


そこにしかないもの






貴女は多くの傷で埋め尽くされている


貴女はこれ以上傷つくことができない


貴女は俺に傷つけられることができない


故に俺は貴女を傷付けられない


致命傷になるからだ


だけど、


歪んだ欲求が言っている


「傷つけたい」


しかし、理性が良しとしている


この環境を


そして、この程度の欲求がさらなる欲求に大きくなる


それをもよろこぶ歪んだ欲求



嫉妬は駆ける。

私の脊髄から出でて、胸を這い心臓を喰らう。時にそれは脳にまで至り、思考を掻き乱す。

これを飼い慣らすことなんてできるのだろうか。この両の手は我が身の中には届かない。我が身の中に耳はない。

もっともっと貴女を私の中に、窒息するくらい詰め込まなければ。