母子家庭になったのは
14の頃
年の離れた兄と姉は、それぞれの夢に向かい上京し
私と母の二人暮らし
泥酔する事の多かった母
付けっぱなしのテレビを消して、毛布を掛けるのが日課
早朝一階から「苦しい」と声が聞こえ、慌てて駆け寄ると心筋梗塞で救急車
タバコの不始末でのボヤ騒ぎ
そんな事が立て続けにあり、思春期に反抗期が発生する余地も与えられずに育った私は、まぁまぁ良い子供だった気もする
高校生に上がる少し前
生活に困窮した母は、私を連れて急に県外へ旅行をと連れ出す
ふと気付くと、湖
湖畔に佇み涙を浮かべる母
無言の私
私が二十歳になったとき、母は私に懺悔した
心中するつもりやった…
何とか流れ流れてたどり着いた場所で、母の旧知の知人が窮地を救ってくれた
無事に高校入学
母は変わらず、よく働き、よく呑み、よく吸う多忙な日々を送っていた
私もお小遣いを稼ぐ為、学校からそのまま回転寿司店で閉店まで、ほぼ休みなく働いた
定期代、車の免許取得代、デート代
もう兎に角働かなきゃ、何にも出来ない日々
母は私に何かを言葉で教えるよりも、態度で示してくれた
笑え
笑え
何とかなる
笑え
笑え
私の母