母になり、2回目の誕生日。

といっても、去年は、予定日一週間前にして、大きなお腹を今か今かとドキドキしつつ、

一番いい時に出ておいでと語りかけながらも、早く会いたいと待ち焦がれて過ごした。

少し痛みが出てくると、もしや陣痛!と、待ち構えては、フライング。

小さな子供を連れている親子をほほえましくも、羨ましくもありながら見ていたっけ。

そして、ようやくわが子に出逢い、初体験だらけの一年間。

いろんなことがあったけれど、よく頑張ったと思う。


といっても、真奈ちゃんは本当にいい子で、いつもにこにこしてくれているから、

この子を見ているだけで癒される。

そして、他人に対しても笑顔を振りまいてくれるから、私も可愛がってもらえる。

真奈ちゃんを授かった時、誰に対しても笑顔で愛を注いでいける子になって欲しいと願った。

結果、それは自分自身に返ってきて、たくさんのお金では買えない財産を得るのだから。

既にこのゼロ歳にして、そんな存在でいてくれている。

真奈ちゃんが笑って手を出していくので、みんなが手を差し伸べ笑顔を降り注いでくれる。

なんて、素晴らしい子なんだろう(と親ばか(;^_^


それはさておき・・・私のこれからの10年間。

40歳を目前にし、どんな人生にしていきたいのだろうかと、考えていた。

まずは、それもありだねと、笑って受け入れられる人間になりたい。

私は、想いが強い分、他人にも厳しい。また、自分の枠ややり方で通そうとするところがある。

でも、子育てはそうはいかない。

だから、今学んでいるのだろうけれど、それもいいね、それもありだね。と

自分を犠牲にするのではなく、受け入れつつ自分は自分でいられるようになりたいと思う。


それから、とにかく稼ぎたい。

この数年間のマイナスを好転していきたいから、しっかり稼げる自分に復活したい。

代替医療といっても、とても大きいから、何からどう手をつけていいのか、

まだよく分からない。

でも、代替医療と教育と芸術が合わさる場を創っていきたいと思う。


医学も教育も、上からこうだーーと押し付けるやり方ではなく、

問題を解決できる本来の力が発揮できるような心と体と精神状態でいられる役割を担う医療や教育。

だから、学は大切だけど、学ありきというより、個の人として接していった時に

何が必要か、そのリソースが用意できる場を創りたい。


病気がちだけど、原因はストレスだねーー。

まっ、こういう薬だしておきましょう。様子をみましょうね。

何度か経験した診療。

結果、その症状は抑えられこともあったけれど、治ったという気がしない。

実際には、ストレスかもしれないけれど、でも、何か違うような気がする。


薬が効いているから、最近調子がいいよ。

飲み続けないといけない薬に意味はあるのだろうか?

でも、それが、もしかしたら生活環境や思考の癖、習慣や人間関係いろんなことに触れていく中で、

解決策が見えてくるのではないだろうか・・・


代替医療は、子供から大人まで。

教育は、特に小さな子供。

芸術は、年齢関係なく楽しみ表現を楽しみ共有する場として。

何かできないものかと、考えている。

うーーーん。どうしたらいいんだろう。何から始めたらいいんだろう・・・・・・・・・・・




幼かった頃、ただただ、お母さんはいつも元気で笑っていて欲しいと思っていた。

自己犠牲をしながらそれでも、子供のため、という母の生き方を目にしながら何度もそう思ってきた。


大人になって、異性に対して、同じようなことをしていた自分に気づく。

どんなに仕事で遅くなり疲れていても、相手の身体に負担のないよう自炊してみたり、

自分の時間を作り楽しむよりも、相手のために時間を費やしてみたり・・・

そして、ふと気がついた。あれ、私これでいいの?

そこで、まず自分の心を満たし癒した状態から、相手にできることを考えるようになった。

実は、相手のためと思ってやっていたことは、自分を大切にしたうえでなければ、

自分の満たされない何かを満足させるためであり、

結果それはいつまでも埋められるものではなかったことに気づく。


自分が気持ちいい、幸せだと思う状態から、相手にもしてあげたいと思ったことは、

何のエゴも自己満足もなく、すんなりと受け止めてもらえることを知る。

そんな自分自身のレッスンがあったことを思い出しながら、今度はわが子を通じてそのテーマを考えると

なかなか高度だ。


子供のためと思ってしていることが、実は自分の自己満足かもしれないことって、結構ある。

もちろん、異性のときよりももっと純粋に子供のためと思っていることが多い。

でも、本当はそれが彼女が望んでいることなのかどうか、しっかり彼女を観察することからスタートだ。


私は、感受性が豊かで結構敏感な方だけど、彼女にもそれを感じていた。

しかし、今はまだそこに触れて開かせるのは早いのだという。

7歳までは夢の中。それを少し勉強してみよう。



いつもと様子が違うので、心配になり病院を探して行ってきた。

西洋医学だけでは、心もとないというか、症状は抑えられても

根本の治療になっているのだろうかと、いつも疑問が残る。

だから、今回は代替治療と西洋医学を併せ持った病院を

みごとに導き寄せることができた。

「山本記念病院」


きっかけは、娘の治療のためだったけれど、その先生曰く子供が産まれて

7歳までは、身体は別々になるけれど、エネルギー体では繋がっているのだという。

だから、子供の症状を診て、私自身が元気であることを強くおっしゃられた。

エネルギーは、きれいな「8」の字を描いてバランスの良い状態が良いのだが、

私は頭部にばかりエネルギーがいき、地に足がついていない状態。

だから、下半身が冷えてしまう。

その症状の一つが、便秘や腸に支障をきたす。

娘の症状は、私の症状と良く似ていて、まさに納得という感じだった。

生姜のシップをしてもらい、温めてもらった。


すさまじい変化の時に生まれてきた彼女の話をすると

ものすごく意味のあるこのタイミングを選んで、私たちのところにきてくれたのだという。

その意味を少しずつ、私は理解していきたい。