母親は最後ほんとうに、普通の顔で眠っていました。
ほんとうに普通に。

53年

彼女が生きた時間を、自分も感じたような気がしました。

涙は出ませんでした。
自分は冷たい人間なんだと、そう思いました。

心のどこかで、やっと楽になれたのかも、と思っている自分に言い返す言葉も、気持ちもありませんでした。

こういう場合

『今までありがとう』

とか綺麗に終わらせたらいいんやろうけど。
なんか現実はそんな事ないんやなと思います。

人はいつか死ぬんだから、それは当たり前の事だから。
変に冷静な自分もいます。

この日記を見ている人がいるか解りませんが。

なんかこんなんでごめんなさい。

最後に母親のよく言っていた言葉を思い出したので書こうとおもいます。

『人生で一番大事な物は、間違いなくお金やね』

だそうです。

最後にふさわしくない言葉ですが、本当によく言ってました(笑)

家族はずっと家族のままです。
長々と失礼しました。
自分は人に自慢できるような子供ではありませんでした。
母親の自慢の子供になんてなりたくなかった。
正直、そんな事考えた事もなかった。
普通に生きて、それなりに親孝行して、いつか結婚でもして。
そんな人生だと思っていました。

もっと話せば良かったと、母親の枕元で兄が小さく呟いていました。

あんなにどうしようもなかった兄が、目にうっすらと涙を溜めて、涙をこらえながら言っているのを聞いて。

俺は産まれて初めて、悲しいという気持ちがわかりました。

俺ももっと喋っていたら良かったと。
もっと笑いあいたかったと、もっと真剣に話しをしたかったって

長い入院中、俺は自分の事ばかりで、ろくに会いに行ってなかった。
自分が許せないと言えば、ありきたりですが、本当に自分自身に腹が立ちました。

左半身が麻痺した身体で、車椅子に1人で乗った母親を見て、俺は心から幸せを感じていたのに、それをオカンに伝えられなかった。
話せば伝わるはずなのに、どこか恥ずかしがって話そうとしない自分がいた。
オカンの人生は俺と一緒に生きた時間は、オカンにとって本当に幸せだったんだろうかと、今思っています。

わざわざ日記に書く事じゃないですが、自分自身に負けそうになり、すがりたくなり、書いた訳じゃないです。
生きていれば辛いこともあるだろう。
悲しい事も、やるせない事も。
正直そんな事の方が多いだろう。
自分の気持ちを、伝えたい人に上手く伝えられず、悔しい思いをする事もあるだろう。
自分はそんな人生の中で何回心から笑えただろうか…
ほんの数回しかないかもしれない。
もっとあるかもしれない。
思い返してみれば、心の底から幸せを感じた事がないかもしれない。

でも本当に心の底から良かったと思えるのは、幸せだと感じるのは、俺の母親の子供として産まれて来た事やと思う。

辛い時は笑って、嬉しい時に涙を見せた。
本物の強さは、こういう物だと教わった。

昨日の夜、母親は静かに眠りにつきました。

ここ数年、ベッドの上で窓の外を眺める姿を、俺は見たくないと思っていました。
あれだけ言いたい事を言って、怒り、泣き、笑っていた姿が見れないと聞いた時には、悲しさよりも虚しさが広がりました。