【登場人物】

  • 少女(ミナ): 世にも稀な、星空を閉じ込めたような深い碧眼を持つ少女。盲目のふりをしているが、実は誰よりも「本質」を見抜く目を持つ。冷静で理知的。

  • 魔女(エルヴィラ): 森の奥の館に住む、美と収集に執着する魔女。言葉に魔力を乗せる「言霊(ことだま)」の使い手。他者の部位を宝石に変えて装飾品を作るのが趣味。

  • 語り: 物語の進行役。淡々と、しかし残酷な運命を見届ける観測者。

【上演時間想定】 約30分


第一幕:収集家の憂鬱

語り: 深い、深い森の奥。 日が差さず、風も止まったその場所に、かつては豪華絢爛であっただろう古びた館が佇んでいる。 館の主は、ひとりの魔女。 彼女は「美」を愛した。永遠に朽ちない美を愛した。 花は枯れるから醜い。肌は老いるから疎ましい。 だから彼女は、美しいものを「宝石」に変え、指輪や首飾りに仕立て上げる術(すべ)を編み出した。 今宵、彼女が狙うのは、国一番と謳われる、ある少女の瞳。 それは夜明け前の空の色。あるいは、深海の水底(みなぞこ)の色。

魔女: (うっとりと独り言のように) ……あと一つ。あと一つなのよ。 私のこの、白く細い指。 人差し指には、歌姫の喉仏から作ったルビー。 中指には、英雄の心臓を固めたガーネット。 小指には、赤子の涙を閉じ込めたアクアマリン。 ……けれど、薬指だけが寂しい。 ここには最高傑作が必要なの。 世界を見通すほどの、深く、冷たく、美しい碧(あお)。 そう、あの娘(こ)の瞳で指輪を作れば、私のコレクションは完成する。

語り: 魔女は舌なめずりをする。 彼女の魔法は「言霊(ことだま)」。 力ずくで奪うことはできない。相手に言葉で承諾させるか、あるいは言葉の迷路に誘い込み、魂の隙を作らねば、その身体を宝石に変えることはできないのだ。 今、館の重い扉が、ひとりでに開く。

魔女: ……おや。招かざる客、というわけでもなさそうね。 迷い子かしら? それとも、私の噂を聞きつけた愚か者?

少女: (静かに、澄んだ声で) ……こんばんは。 森の霧が深くて、道を見失ってしまいました。 灯りが見えたので、少しだけ休ませていただけないかと。

魔女: ふふ。ええ、構わないわ。 どうぞ中へ。温かいお茶くらいなら出してあげる。 (独白)……なんて美しい瞳。月光を浴びて、濡れたように輝いている。 けれど、どこか焦点が合っていないわね。

少女: ありがとうございます、親切な館の主さま。 ……失礼ですが、ここはとても静かですね。 鳥の声も、虫の音もしない。まるで、時間そのものが止まっているような。

魔女: ええ、ここは静寂の園。 騒がしい命の営みは、私の美意識に反するの。 さあ、こっちへいらっしゃい。 ……貴女、名前は?

少女: ミナと申します。

魔女: ミナ。愛らしい名前ね。私はエルヴィラ。 ねえ、ミナ。貴女、その目は……見えていて?

少女: いいえ。 ぼんやりと光を感じる程度です。 私の瞳は、何も映さない硝子玉のようなもの。 役立たずの飾りです。

魔女: (内心の歓喜) (役立たずの飾り……! なんて好都合。それなら、奪うのは容易い) そう、それは不憫ね。 何も見えない暗闇の中を歩くのは、さぞ怖いでしょう?

少女: ええ。世界はいつだって、私の知らないところで形を変えますから。

魔女: なら、私が貴女の「目」になってあげましょうか? ……なんてね。冗談よ。 さあ、座って。お茶が入ったわ。 口を湿らせて、少しお話をしましょう。 永遠にも似た、長い夜の暇つぶしに。


第二幕:言の葉の迷宮

語り: 少女は古びたソファに腰を下ろす。 魔女は向かい側に座り、少女の顔を、その双眸を、獲物を狙う蜘蛛のように見つめている。 ここから始まるのは、剣劇よりも鋭い言葉の応酬。 同意すれば、負け。心を許せば、負け。 魔女の言葉の誘導が、毒の煙のように少女を包み込んでいく。

魔女: ねえ、ミナ。 貴女はその目が見えないと言ったけれど、色は分かるの? 貴女の瞳、とても綺麗よ。深い、深い青色。 まるで宝石のサファイアみたい。

少女: ……ありがとうございます。 でも、私には自分の顔さえ見えませんから。 人からそう言われても、ピンとこないのです。 宝石、と言われても、それが冷たい石ころとどう違うのか。

魔女: あら、石ころだなんて。 宝石はね、永遠なのよ。 花は枯れる。人間は死ぬ。記憶さえ薄れていく。 でも、宝石だけは変わらない輝きを保ち続ける。 ……貴女は、そうは思わない? 「永遠」に憧れたことはないかしら?

少女: (少し間をおいて) 永遠……ですか。 いいえ、エルヴィラ様。 私は永遠なんて欲しくありません。

魔女: どうして? 今の若さも、肌の張りも、いずれ失われるのよ? 怖くないの?

少女: 変わりゆくからこそ、愛おしいのだと思います。 私の庭には花が咲きますが、冬になれば枯れます。 でも、だからこそ春の芽吹きが嬉しい。 永遠に咲き続ける花なんて、造花と一緒です。 そこに「命」はありません。

魔女: (苛立ちを隠して) ふふ、生意気な口を利くお人形ね。 でも、その目はどうかしら? 見えない目を持って生きるのは不便でしょう。 もしもよ。 その「役立たずの目」を差し出す代わりに、 苦しみのない、安らかな眠りを得られるとしたら…… 貴女は「救われたい」と思わない?

語り: 魔女の声に魔力が乗る。 空気が重くなり、少女の意志をねじ曲げようと圧力がかかる。 「救われたい」「楽になりたい」。 そう一言でも口にすれば、契約は成立してしまう。

少女: ……救い、ですか。 それは魅力的なご提案ですね。 暗闇の中を歩くのは、確かに疲れます。 石に躓き、茨(いばら)に肌を傷つけ……。 この瞳さえなければ、いっそ諦めもつくのにと、何度も思いました。

魔女: (前のめりになり) そうでしょう? そうでしょうとも。 私なら、その重荷を取り除いてあげられる。 貴女のその綺麗な瞳を、私が引き受けてあげる。 そうすれば貴女は、永遠の安らぎの中で……。

少女: (遮るように、明るく) でも、不思議ですね。

魔女: ……何が?

少女: エルヴィラ様は、先ほど仰いました。 「宝石は永遠だ」と。 そして私の瞳を「宝石のようだ」とも。 もし私が瞳を差し出せば、この瞳は永遠に美しく残るのでしょうか?

魔女: ええ、もちろんよ。 私が加工すれば、その輝きは千年も万年も消えないわ。

少女: では、それは私にとって「救い」ではありませんね。

魔女: ……なんですって?

少女: 私は「変わりゆくこと」こそが命だと言いました。 私の瞳が宝石となって、永遠に固定されてしまうなら…… それは私の体の一部が、永遠に「死ねない呪い」にかかるのと同じこと。 体は朽ちても、瞳だけがこの世に縛り付けられる。 そんな恐ろしい「永遠の責め苦」を、貴女は「救い」と呼ぶのですか?

魔女: (息を呑む) ……っ! 口の減らない娘ね。

語り: 少女は微笑んでいた。 見えないはずのその目で、魔女の心の焦りを見透かすように。 魔女は悟る。この娘は、ただの迷い子ではない。 論理で雁字搦(がんじがら)めにしなければ、この瞳は奪えない。


第三幕:石の庭の真実

魔女: ……いいわ。少し趣向を変えましょう。 ねえ、ミナ。 少し風に当たりましょうか。 私の自慢の「庭」を見せてあげる。 ……ああ、貴女は見えないのだったわね。 でも、肌で感じることはできるはずよ。

語り: 魔女は少女の手を取り、館の裏手にある庭へと誘う。 そこは異様な空間だった。 無数に並ぶ、精巧な石像たち。 踊り子、騎士、老人、そして……少女と同じくらいの年齢の子供たち。 彼らは皆、恐怖に歪んだ表情や、何かに縋(すが)るような必死な形相で固まっている。

魔女: ここにはたくさんの「友」がいるの。 かつて私を訪ねてきた人間たちよ。 彼らは皆、私に何かを乞(こ)うたわ。 美しさを、強さを、富を。 だから私は願いを叶えてあげた。 彼らの時間を止め、永遠の存在にしてあげたの。

少女: ……石像、ですか。 手触りは冷たいけれど……。 (石像の頬に触れる) まるで、まだ心臓が動いているような温かさを微かに感じます。

魔女: ふふ。鋭いのね。 そう、彼らは生きているのよ。石の中で。 見ることも、聞くことも、語ることもできず。 ただ永遠に、私の庭を飾るオブジェとして存在し続けている。 私の言葉に逆らった罰としてね。

少女: (表情を曇らせず) そうですか。 彼らは、貴女の指輪になれなかった「失敗作」たちなのですね。

魔女: ……言葉を選びなさい。 彼らは私のコレクションの一部よ。 でもね、貴女は特別。 貴女のその瞳だけは、石にするには惜しい。 だから、もう一度だけ聞くわ。 この石像たちのようになりたい? それとも、瞳を差し出して、自由になりたい? どちらかを選ばせてあげる。 これは慈悲よ。

語り: 二者択一。 どちらを選んでも、少女の破滅は確定している。 瞳を差し出せば魔女の指輪に。 拒絶すれば石像に。 魔女は勝利を確信し、冷酷な笑みを浮かべる。

少女: ……エルヴィラ様。 貴女は、指輪を作るために私の瞳が欲しいのですね?

魔女: ええ。私の薬指を飾る、最高の指輪にするためにね。

少女: その指輪は、誰のためのものですか?

魔女: 決まっているでしょう。この私のためのものよ。 世界で一番美しく、魔力ある私のための飾り。

少女: (ふっと笑う) ああ、よかった。 それならば、私はどちらも選びません。 そして貴女も、私の瞳を奪うことはできません。

魔女: ……は? 何を言っているの? この状況が分かっていないの? 今の私は、貴女を強制的に石に変えることだってできるのよ!

少女: いいえ、できません。 貴女の魔法は「言霊」。 「理屈」が通っていなければ、その効力は発揮されない。 貴女は「最高の指輪」を作りたいと言った。 そしてその素材は「世界で一番美しいもの」でなければならないはず。

魔女: そうよ。だから貴女のその瞳を……!

少女: 私の瞳は、確かに綺麗かもしれません。 でも、「世界で一番美しいもの」は、私の瞳ではありませんよ。

魔女: ……何ですって? 私を愚弄する気? この世のどこに、これ以上の碧(あお)があると言うの?

少女: ありますよ。今、私の目の前に。


第四幕:鏡合わせの呪い

語り: 少女は、ゆっくりと瞼を開く。 見えないはずのその瞳が、カッと見開かれ、魔女を正面から射抜く。 その瞳は、暗闇の中でも燐光を放つように輝いていた。 そして少女は、懐から小さな手鏡を取り出したのではない。 彼女の「瞳そのもの」が、鏡のように魔女の姿を映し出したのだ。

少女: エルヴィラ様。 貴女はご自分の美しさを、誰よりも愛しているのでしょう? ご自分の魔力を、誇りを、その存在そのものを、世界で一番美しいと信じている。 違いますか?

魔女: ……そ、それは……そうよ。 私は魔女。永遠の美を統べる者。私が一番美しいのは当然の理(ことわり)。

少女: ならば、矛盾しています。 貴女が一番美しいのなら、指輪の素材になるべきは「貴女自身」ではないですか? 私のような小娘の瞳など、貴女の輝きに比べれば石ころ同然。 「最高傑作」を作るのでしょう? 妥協してはいけません。 最も美しいものを素材にしなければ、その薬指は埋まらない。

魔女: (動揺する) 詭弁だわ! 私が私を素材にするなんて……そんなこと、できるわけがない!

少女: できますよ。 貴女は言霊の使い手。 「もっとも美しいものを、永遠の指輪に変える」 そう願えばいい。 ……ほら、私の瞳を見てください。

語り: 少女が一歩、魔女に近づく。 その碧眼の奥底に、魔女自身の姿が鮮明に映り込む。 恐怖に歪み、しかしそれゆえに人間的な彩りを帯びた魔女の顔。 魔女は、少女の瞳という「鏡」から目を逸らせなくなる。

少女: (囁くように) 見てください、エルヴィラ様。 私の瞳の中にいる貴女を。 なんて美しいんでしょう。 恐怖に震え、執着に燃えるその魂の色。 それこそが、貴女が探し求めていた「究極の素材」ではありませんか?

魔女: (錯乱) や、やめろ……見つめるな! 私の……私が……美しい? そう、私は美しい……誰よりも……。 この瞳に映る私は、確かに……完璧だわ……。

少女: ええ、そうです。 さあ、魔法を紡いでください。 貴女の美意識に従って。 「この瞳に映る、最も美しいものを指輪にせよ」と。

魔女: (うわ言のように) この瞳に映る……最も美しいものを……。 それは……私……? 私こそが……至高……。 ……そうよ。他の不純物なんていらない。 私が……私だけが……永遠になるべきなのよ……!

語り: 魔女の自尊心と、少女の巧みな誘導が、言霊を暴走させる。 魔女は自身の魔力によって、自身の存在を定義し直してしまった。 「最高の指輪の素材」へと。

魔女: (叫び) ああ、光が……! 私の体が……! 熱い! でも、なんて心地よい輝きなの! ミナ! 貴女の瞳が私を吸い込む! 私が……私が宝石になるのね! ああ、これこそが……永遠……!!

効果音(概念): ガラスが砕け散るような、あるいは高音が収束していくような張り詰めた空気。 そして、唐突な静寂。


第五幕:無為なる永遠

語り: 閃光が収まった後。 そこに魔女の姿はなかった。 少女の足元に、ひとつの指輪が転がっている。 禍々しくも美しい、深紅と紫が混ざり合った、妖艶な輝きを放つ指輪が。

少女: (静かに指輪を拾い上げる) ……おめでとうございます、エルヴィラ様。 念願叶って、貴女は永遠の存在になれましたね。 世界で一番美しい貴女自身を使って。 これ以上の傑作はないでしょう?

語り: 指輪からは声は聞こえない。 だが、その宝石の奥で、何かが絶叫しているような気配がする。 少女は指輪を掌(てのひら)に乗せ、ゆっくりと庭を歩く。 そして、一体の石像の前で足を止めた。 それは、恐怖に顔を歪めた、まだ幼い少女の石像だった。

少女: この子。 貴女が以前、「生意気だったから」と言って石に変えた子ですね。 彼女の手を見てください。 何かを掴もうとするように、指を伸ばしたまま固まっている。

語り: 少女は、魔女だった指輪を、石像の少女の薬指へと差し込んだ。 サイズは、あつらえたようにぴったりだった。

少女: 貴女は「私の薬指が寂しい」と言っていましたね。 けれど、貴女自身の指はもうありません。 だから、この子に預けましょう。 ……安心してください。 この子は石です。動きません。 どこへも行かないし、何も語らない。 貴女が望んだ「静寂の園」の住人です。

語り: 指輪が微かに明滅する。 それは怒りか、嘆きか。 だが、石像の指にはめられた指輪は、自分では外れることができない。 魔力を行使するための口も、喉も、もう持っていないのだから。

少女: ここなら特等席ですよ。 森の霧と、変わらない石像たち。 貴女が愛した「永遠」を、特等席で眺め続けられます。 ……千年でも、万年でも。 動くことのない石の指に抱かれて、無為な時間を噛み締めてください。

語り: 少女は深く一礼すると、踵(きびす)を返す。 その足取りは迷いなく、見えないはずの森の出口へと向かっていく。 彼女の碧い瞳は、やはり何も映していないかのように虚ろで、美しいままだった。

少女: (去り際にポツリと) ……だから言ったのに。 永遠なんて、死ねない呪いでしかないと。

語り: 残されたのは、静寂に包まれた石の庭。 少女の石像の薬指で、ひとつの宝石が、妖しく、そして虚しく輝き続けている。 誰かがこの庭を見つけ、その指輪を外してくれるその日まで。 あるいは、石が風化して砂になる、遥か遠い未来まで。 魔女の意識は、暗い宝石の中で、終わりのない時間を数え続けるのだった。

(幕)