往復6時間の電車とバスの旅で背中が痛いソモロです。

今日は私の母校にまつわる話…
私の小学校はとても小さく、学年1クラスだった。そのせいか、全校生徒が友達ニコニコ
近所の低学年の子や誰かの妹や弟を連れて帰ることも多かった。


近所には精神病院があり、病棟の壁には脱走防止の高い金網がつけられてたが、近くのマンションからの自殺は2年に1回位はあった。病状の軽い入院患者さんは学校の近くを散歩したりしてた。たまに怖い事件もおきたが、みんなが患者さんを理解はできてなかっただろうけど受け入れていた。

学校の目の前には、障害を抱えた方の作業所があり、朝なんかは一緒に通学・出勤してた。


校内にも障害を抱えた方の学級があり、遠くからバスで通ってる生徒もいた。


そして、学区内には孤児院もあり、学年に6人位はそこの子がいた。
その為、私達が5年の時から運動会は午前中で終わるようになった。後から聞いた話では、家族で食べるお昼ご飯の時間が辛かったようだ。


今になって思う。
いろんなことを考えさせてもらったな~って。


特に孤児院の生徒との思い出は多い。施設の先生のことまで覚えてる。

ある子とはチャリでお父さんが住んでるであろう隣町の社宅まで行った。
ある子は精神的に不安定で、とにかくつねられたな~。


周りの施設の方達とも触れ合う機会はたくさんあって、バカみたいに騒いで遊ぶことしかできなかったんだけど、いろんな環境の中でいろんな人がいて、みんながそれぞれ一生懸命で、一人一人が大事な存在だということを小さいながらに学ばせてもらえたと、母校に感謝してるキラキラ


母校は今年、創立30周年を迎えるキラキラ生徒数はどんどん減ってってるけど、母校はなくならいで欲しい。