あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら
わたしは、もっとちゃんとカバーをかけて
神様に、その魂を守ってくださるように祈っただろう。
あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら
わたしは、あなたを抱きしめてキスをして
そして、またもう一度呼び寄せて抱きしめただろう。
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが最後だとわかっていたら
わたしは、その一部始終をビデオに撮って毎日繰り返し見ただろう。
確かにいつも明日はやってくる。
見過ごしたことも取り返せる。
やり間違えたことも
やり直す機会がいつも与えられている。
「あなたを愛している」と言うことは、いつだってできるし
「何か手伝おうか?」と声をかけることも、いつだってできる。
でももし、それがわたしの勘違いで今日で全てが終わるとしたら…
わたしは今日どんなに
あなたを愛しているか伝えたい。
そして私達は忘れないようにしたい。
若い人にも年老いた人にも明日は誰にも約束されていないのだということを。
愛する人を抱きしめるのは今日が最後になるかもしれないことを。
明日が来るのを待っているなら今日でもいいはず。
もし明日が来ないとしたら、あなたは今日を後悔するだろうから。
微笑みや抱擁やキスをするための、ほんのちょっとの時間をどうして惜しんだのかと
忙しさを理由に、その人の最後の願いとなってしまったことをどうしてしてあげられなかったのかと
だから今日、あなたの大切な人たちをしっかりと抱きしめよう。
そして、その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう。
「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を持とう 。
そうすれば、もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから。。。
これは、ニューヨークでテロが起きたとき、あるレスキュー隊員が、救助に向かう前に書き残したものです。
これもトイレに貼ってあります。
当たり前のようで
当たり前ではない毎日を
大切にして欲しいから。。。