思考を止めると怖くない?思考=自分じゃないの? ~ 妻との対話 その2 | 心の平安が取り戻せれば☆要は何でもいいらしい

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ある日の私と妻との会話。

 

妻:ねー、この間の
  「思考(雑念)を止めるには観察」
  っていうのをやってみたよ。
  思ったよりも上手くいったみたいで

  結構、作業に集中できたよ。
  
  ただ、やってみて思ったんだけど、
  「観察」というよりは「受け流す、そのままにしておく」
  っていう方がピンと来たかな。


  


私:まぁ、言い方はどっちでもいいんじゃないの。
  大事なのは、
  

  「湧いてきた思考にとらわれない」
  

  「思考が止まらない自分を責めたりしない」
  

  っていうことだから。

妻:ふ~ん、そうなんだ。
  やっぱり、観察より受け流すのほうがいいような気がするけど、
  まぁ、いいか。
  
  それより、その時にフッと思ったんだけど、
  思考を止めるのってすごく怖くない?

  何か脳の活動が止まって、頭が働かなくなるっていうか、
  考えることを止めたら自分が自分じゃなくなりそうというか…

私:んー、それは何か思考にのっとられてるような感じだね。
  思考=自分って思っているんじゃないかな。

妻:思考にのっとられているっていうのはピンとこないけど、
  思考=自分は、確かにそれはあるかも。
  っていうか、「人間は考える葦である」なんていう
  言葉もあるぐらいなんだから、
  思考=人間、つまり思考=自分ではないの?
  それに、思考が止まる=自分の終わりみたいな感じがして
  やっぱり怖いんだけど。

私:まず、「思考=自分」ではないよ。
  自分=肉体(からだ)、つまり自分は肉体そのものではないように、
  自分=思考、つまり自分は思考そのものではないよ。

  自分は心(思考・感情)、肉体、魂で構成されているんだし、
  何よりも「自分」はあくまでも「自分」でしかないよ。
  強いて言うなら自分は「意識」かな。

 

  思考をするのも自分なら、思考を観察するのも自分。
  そして、思考をしていても、していなくても自分は自分。

  だから、別に思考を止めても自分はなくならないし、
  頭はきちんと働くよ。ただ心が静かで穏やかになるだけ。
  別になんの問題もないよ。