ある日のビデオ通話で


息子がこんなことを言った。



「一時退院してたときな、オレ2階の自分の部屋でほとんど過ごしてたやろ?

あれって一人暮らしと変わらんと思うねん。

だから退院後わざわざ部屋借りんでもいいと思うねん」




うちには犬がいる。


移植したあとはあらゆる感染に気をつけないといけないため最低6ヶ月は動物との接触は避けてほしいと主治医に言われた。



なので

うちの近くに部屋を借りて息子が住み

私が通って食事などの世話をする、という話になっている。




自宅で暮らすことによる感染のリスクが心配で黙っていると


「オレの好きなようにさせてくれるんやろ」


と聞いてくる。




一人暮らしは嫌なのか、とたずねると


「うん……退院しても楽しくない生活が

待ってると思うと嫌やねん」


息子はそう答えた。




息子の気持ちは嫌というほどわかる。



入院生活が長く続き

クリスマスもお正月もずっと一人病室で過ごした息子。



移植後も

私が呼ばれることはなく

息子は一人でさまざまな苦しみに耐えている。



よく若い人が一人暮らしをしたい、

というのを聞くが


それは体力、気力ともに十分にみなぎっている状態にあるときであって


病気の人には当てはまらない。


息子が

早く家族のもとに帰りたいと思うのは当然だ。




私は息子が言ったことを主人に相談した。


主人も息子の寂しさが痛いほどわかるのだろう。


退院後に息子が自宅で過ごすということに

最初は不安な様子を見せていたが


息子の希望に添うことができるよう

二人で具体的な対策を考えた。




基本的に息子は食事、トイレ、お風呂以外は

部屋から出ない。


家族が息子の部屋に入るときは

アルコール消毒して靴下は履き替える。


一時退院のときは犬をさわったら手を洗うようにしていたが、もちろん犬はさわらない。



これらを徹底することで

犬による感染のリスクを下げながら

息子の希望もかなえられるだろう、ということになった。



後日

息子に主人と話しあった内容を伝えると


「うん、そうしよう。もう部屋は借りんでええわ」


息子はうれしそうにそう言った。