(最終更新:2023/8/31)

過去記事リニューアル中

 ニコニコ動画にはいくつか名誉あるタグがあります。中でも最も有名かつ権威のあるものとして再生数を基本にしたVOCALOID殿堂入り(10万)、VOCALOID伝説入り(100万)、VOCALOID神話入り(1000万)が知られています。再生数がある程度客観的な数値であるため信用性の高さもあります。お誕生日企画第7弾の今回は2023年8月31日現在、伝説入りしているオリジナル曲の中で投稿が最も古い『恋スルVOC@LOID』について考えてみます。

 ちなみに投稿が最も古い殿堂入り曲は『01 ballade』、神話入りは『みくみくにしてあげる♪【してやんよ】』、オリジナル曲を含めない最古の伝説入りは『Ievan Polkka』です。

 

 

 "動画投稿は2007年9月13日。作詞作曲はOSTER project。VOCALOID伝説入り。"

 オリジナル曲としては最も古いVOCALOID伝説入り動画。元動画と修正版が同日に投稿されているが、伝説入りを果たしたのは修正版のほう。ちなみに同年10月23日に「テイクゼロ」と称した動画が投稿される。その内容と調声テクニックで話題となった。

 

修正版(ニコニコ動画へのリンク) 

 

 

 

 

 楽曲形式は次の通り

intro-A-B-サビ-間奏1-A-B-サビ-間奏2-落ちサビ-ラスサビ-outro

 典型的なJPOPスタイル(A-B-サビ)。歌唱部分は2番→ラスサビとスタンダードな形式。

 

 

 イントロは付点を含むリズムのシンセから始まる。リズムは付点八分+付点八分+八分を繰り返すもので、2拍目と4拍目がシンコペーションとなるため軽快な推進力を生む。順次進行上行形のコーラス(以降ドレミファ)のあと、ミクの可愛らしいカウントが入る。その後は動きのあるベースやコーラスなども入り音楽に厚みが増す。

 

 

 Aメロは四分休符から始まるメロディである。多くの小節で強拍の3拍目がシンコペーションとなり、推進力がある。フレーズの音型は大きく見て、上行-下行の山型の後に高い音から少しずつ下行する形を取る。気持ちが少し盛り上がったあとに収まる感じである。伴奏にはイントロと同じく付点八分音符を含むリズムが鳴らされる。が、フレーズ終盤は付点四分音符を含むリズムとなる。

 

 

 Bメロの主旋律もAメロ同様に3拍目にシンコペーションがある。言い換えると付点四分音符+(付点四分音符+四分音符)のリズムで、小節頭が付点四分音符分のメロディ片から始まるということである。これはイントロに使われていたリズムを倍にしたもので、この音楽のリズム感を決定づけている。音の高さは主音に重心が置かれていて、上下するものの中心となるのは主音である。そのため、あまり冒険心のない安定したメロディとなるが、サビ直前は主音より高めの音で推移し、緊張感を高める。伴奏はAメロと異なり、小節頭に主旋律の付点つきのリズムに合わせたもので、先述のリズム感を更に強めている。

 

 

 サビも3拍目がシンコペーションとなる。伴奏のシンセはイントロ同様の付点八分音符のリズムに戻る。ベースが順次進行の下行形を取った後、「王道進行」とか呼ばれるIV-V-iii-viが続く。

 

 

 間奏1はイントロを基本にした音楽。

 

 

 間奏2はviの和音からはじまる新しい音楽。リズムも今までとは異なるもので雰囲気を少し変化させている。

 

 

 落ちサビはこれまでのサビの前半に相当。主旋律とコーラスのみ。途中からベースも入る。よくある落ちサビ。

 

 

 ラスサビはこれまでのサビの後半に相当。これまでのサビ同様の音楽が続く。

 

 

 アウトロはイントロと似たような音楽だが、サビの終盤をアレンジしたメロディが流れる。ミクのコーラスはドレミファの他に英語の歌詞入りのものが入る。コード進行はサビと同じもの。最後はイントロようなシンセとドレミファでフェードアウトする。

 

 

 

 

 ここからは歌詞について触れていく。例のごとく一部分だけ引用する。

 

 初音ミクのキャラクター性を前面に出した最初期の曲。「電子の歌姫」はきっとこんなコトを思っているんだ、とすんなり納得させられるこの歌詞は多くのユーザーやクリエイターに影響を与えた。また、アウトロのコーラスで歌われる英語詞は日本語にも聴こえ、内容も意味が通ることから「奇跡の空耳」と呼ばれている。

 

"忘れないで"

 この楽曲に「忘れないで」は2回出てくる。1番のAメロとラスサビ、つまり歌唱部分のはじめとおわりだ。

 初音ミクがあなたの元へ来た日は、ミクとあなたとの記念日である。出会った日の喜びを、ドキドキや緊張も含めて覚えていてほしい。これから始まる新しい音楽との出会いに胸踊らせた瞬間を覚えていてほしい。そして「私との出会いを忘れないで」と望んでいる。きっとミクはそれをずっと覚えているだろう。

 そして、様々な音楽をミクとともに作り上げてきた日々はかけがえのないものである。時には機械だからと、手を焼くこともあったかもしれない。けれどそれさえ思い出となって、あなたが出会ったミクの人生として刻まれていく。ミクはソフトウェアとユーザーとしての関係以上に、あなたとの生活を楽しんでいたことを忘れてはいけない。そして、初音ミクという存在はあなたによって命を吹き込まれ「私のことを忘れないで」と願うのである。きっとミクは自分をずっと覚えていてほしいだろう。

 

 

"love"

 初音ミクは音声合成ソフトである。そこには感情などない。だが、不思議なもので人間の手によって「感情のようなもの」を持つことができる。愛の言葉を歌えば愛を、悲しみの言葉を歌えば悲しみを「表現」することができる。そして、聴いた人は喜んだり泣いたりする。初音ミクはそこに感情があるかのように振る舞うことができる。だがそれは初音ミクから湧き出た感情ではない。この楽曲でひたすら書き連ねられている言葉もOSTERによるもので、初音ミクから自発的に出た言葉ではない。結局この曲にも感情はないのだろうか。

 OSTERがこの曲を作る時にテーマにしたのは「初音ミク」だった。「犬」でも「猫」でもなく「初音ミク」だ。そして出来上がった曲を初音ミクに歌わせようと考えていた。完成したのは『恋スルVOC@LOID』という"OSTERの感情がこもった"、"歌声を初音ミクで出力する"曲である。やはり、そこに"初音ミクの自発的な感情"はない。だが、間違いなくOSTERは「初音ミク」という存在によってこの楽曲を生み出している。つまり「初音ミク」がなくてはこの楽曲は生まれ得なかった。"忘れないで"も全て初音ミクがいなくてはこの文脈で生まれなかった表現である。これが「初音ミクの歌」と言わずしてなんと言おうか。そこに書き連ねられた言葉はミクがいたからこそ生まれた「初音ミクの言葉」なのではなかろうか。そこに宿るのは「初音ミクの想い」と言えるのではないか。

 最初に述べたように確かにこれは「感情のようなもの」なのかもしれない。だが、OSTERが生み出した「初音ミクの感情」は多くの人の心を動かしたのは事実である。何を信じるかは人それぞれだが、私は「ソフトウェアの初音ミク」が「女の子の初音ミク」として歌ったこの曲には、感情がこもっているような気がする。彼女が歌う"love"は、「初音ミク」と人間とを繋ぐ本当の気持ちがこもった"love"だと思っている。

 

 

 

 

 初期の名曲ははっきり言ってたくさんあるんです。全てを取り上げることはできないので、どの作品を選ぼうか……。頭を悩ませて丁寧に選んだつもりです。どれが良いとか甲乙はつけられませんが、今回の楽曲『恋スルVOC@LOID』は名実ともに評価されている曲です。そして、初音ミクの「人格」を見出した初期の傑作であることは事実です。

 彼女の歴史の中で生まれてすぐにこの楽曲を歌わせてもらったことはとても幸運な出来事でしょう。彼女が望むように、これからもずっとミクのことを"忘れない"ようにしたいと思います。