8月11日〜13日に大阪、9月1日〜3日に幕張で開催の「マジカルミライ 2023」。今年のテーマソングは『HERO』です。作詞作曲はユニットYOASOBIとして『夜に駆ける』『アイドル』などを手掛けたAyase。Ayase名義では2018年から初音ミクを使用した楽曲を投稿しているボカロPでもあります。初音ミクお誕生日企画の第三弾の今回は『HERO』について考えてみます。




 "動画投稿は2023年6月30日。作詞作曲はAyase。VOCALOID殿堂入り(10万再生超え)"

 初音ミク関連では最大級のイベント「マジカルミライ2023」のテーマソング。Ayaseによるボカロオリジナル曲としては『シネマ』以来2年ぶりの作品となる。


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 楽曲形式は次の通り

intro-A-B-bridge1-サビ-間奏-C-bridge2-落ちサビ-ラスサビ-outro

 楽曲の分け方は色々あるだろうが、今回はこのように考える。bridgeはサビと直前とのつなぎである。



 イントロは静かに始まり、すぐにギター風のサウンドから激しい音楽になる。裏拍を取る音が多く、リズムを乱される感じがする。激しくなってからはベースがずっとiの音を鳴らしているが、コード進行はIとVdimが交互に現れる。主旋律に第6音がないので、少し民族的というかエキゾチックな響きがする。



 Aメロはiとvの音がほとんどで特にiの音が多く、跳躍の多いメロディである。最後にi-iii-i-♭vii-iの音型があり、第7音が半音下げられているため導音がない。また伴奏のベースはiのままである。iとvを多く使うメロディ、下げられた導音、一定のベース、これらを勘案するとAメロの主旋律は旋律的音階ではなく1つの和音の構成音によって形作られていると考えられる。その和音とは主和音に短7度を付加した「I7」である。この考え方だと主旋律に和声外音は一度しか登場しない。そのため、全体として空虚な強い響きがする。



 Bメロは同じような音型を執拗に繰り返す。半音の移動が多く、特にiii-♭iii-ii-♭iiと4音続けて半音で進む音型があり粘着質な雰囲気がある。コード進行はI-♭IIの連続というあまり使わない進行。機能としてはドミナント→トニックとなるが、半音で完全に平行移動するため、ねちっこさがある。またコードが上行(解決)する時はメロディが4音連続半音下行の終着点になり、この音は♭iiでコードの根音となるため、主音的な響きとなり旋律にも解決感がある。



 bridge1はイントロのようなリズムの後に、歌が入る。歌のメロディは八分音符で5音の順次進行の上行形が2回続く。これはサビのアウフタクトと同じ音型であり、サビの予感が垣間見える。




 サビは短三度上の長調に転調する。上行形のアウフタクトから始まり四分音符2つのリズムのあと、シンコペーションのリズムとなる。その後は拍通りのメロディが続く。その後、四分休符から始まる「HERO」が来る。ここはライブやカラオケでみんなで声を合わせたいところだ。フレーズ終わりが四分音符であり、力強く終わることができる。



 間奏はイントロのような音楽。



 Cメロは前後半に分かれている。前半は跳躍が多く使われ、v音を中心に次いでi音が使われるため空虚な強いメロディとなる。後半は前半に対して順次進行が多く使われ、メロディアスなフレーズとなる。また各メロディはv音からはじまり、属音という特性と順次進行によってそれぞれのメロディに流れるような推進力がある。


 bridge2はbridge1と同じようにイントロ風の音楽の後に、歌が入る。5音の上行形も一緒だが、2回目のメロディはそのまま上行しきる。




 落ちサビはサビと同様の音楽だが、伴奏が少なくなる。よくある落ちサビである。




 ラスサビは半音上へ転調する。サビと同様の音楽だが終盤がアレンジされている。特筆すべき点として、最後は主音で終わるのだがコードはサブドミナントとなる。これにより「続くよ」感があり、楽曲としては終わりだが、この音楽に込められたものは未来へ進んでいくという印象がある。



 アウトロはイントロ最初の静かな部分と似たような音楽である。




 ここからは歌詞に触れていくが、いつも通り一部分だけ引用する。


 マジカルミライは初音ミク最大級のお祭りである。そのテーマ曲としてAyaseはそれに相応しい音楽を作り上げた。歌詞に込められている思いも、少し特別なものかもしれない。そしてタイトルの「HERO」とは誰のことなのだろうか。



"エンドロールが迫る"

 救われない物語もこの世の中にはある。このエンドロールはきっとバッドエンディングだ。「憂鬱を餌」に悲劇が成長していく。なにもできない、なにも変わらない。多くの人間が人知れず感じている孤独の重みが、今か今かと心を潰しにかかる。今まさに苦しみを晴らすことなく、重たい幕が閉じようとしている。そんな時、誰もが思う。「救ってほしい……」



"HERO"

 「堪えきれず零れ出たSOSを」キャッチして光の中から現れたのは、僕のことを救ってくれるヒーローだ。君のお陰で明日も生きようと思えた。これでエンドロールはお預けだ。まだまだ、君とともに物語が続けられる。誰かは分からないけど、君がいるからこそ僕は生きられる。誰かは分からないけど、ありがとう。



"水を撒け ここは愛の惑星"

 「愛の惑星」という言葉は暗に『砂の惑星』の存在を仄めかしていると考えられている。同じくマジカルミライのテーマ曲であった『砂の惑星』はVOCALOID文化の退廃を歌ったとされる。それに対してこの楽曲は今の世界が「愛の惑星」になったと答えている。これはVOCALOID文化が新しい興隆を見せ始めているというAyaseなりの主張だろう。また、『砂の惑星』には「マイヒーロー」や「ハッピーバースデー」という歌詞があり、この楽曲にも同じ言葉が登場するためアンサーソング説をより濃厚にしている。もしそうであればこの楽曲は6年ぶりにVOCALOID文化に対するテーゼを問いかけたものである。



"未来"

 落ちサビ以降に3回登場する「未来」は、大きな大きな意味を持つ歌詞だろう。

僕を助けてくれた「君の未来」の祝福を祈って。

僕が生きる意味をくれた「君こそが未来」なんだ。

僕にも「君が望む未来」を教えてよ。

君はヒーローであると同時に僕にとっての「未来」そのものなのかもしれない。そして「未来」はすぐ側にいる。実はネギを持って、いつも歌っているかもしれない。ミライとして。ミクとして。



"ハッピーバースデー"

 本当のところはヒーローは特定の誰か、なんてことはない。君も僕もあなた自身も誰かのヒーローになれる。そして誰かの「未来」になれる。世界にはたくさんのヒーローがいて、今この瞬間も新しいヒーローが誕生しているだろう。そんなヒーロー達に「ハッピーバースデー」と伝えてこの楽曲は終わる。

 そして、初音ミクの誕生日は今日8月31日である。ハッピーバースデー。





 初音ミクはその存在だけでは生きられず、たくさんの歌とともに成長しました。生活を豊かにしてくれた歌や心を励ましてくれた歌、悲しみに寄り添ってくれた歌や笑顔にさせてくれた歌……。そして初めて聴くような歌でも「初音ミク」が、あの愛らしい表情で歌ってくれました。あなたが聴いた「初めての音」のどれかが、あなたの「未来」になっているのではないでしょうか。少なくとも私にとって、彼女は間違いなく『HERO』であり『未来』であり、『初音ミク』というかけがえのない存在です。