(最終更新:2024/2/10)

 アジア人歌手による歌で初めてビルボードホット100の1位にチャートインした坂本九の《上を向いて歩こう》。現在でも教科書に載るなど日本人に広く愛されている名曲です。

 

 今回はその魅力について考えてみます。

 

 

リリース:1961年10月15日

作詞:永六輔

作曲:中村八大

ビルボードホット100に3週連続1位チャートイン

(参考:Wikipedia)

 

 この楽曲に関わった永六輔、中村八大、坂本九の3人を指して「六八九トリオ」と呼ぶこともある。

 

 

  楽曲概観

 この楽曲はかなりシンプルな構成で、全体がAとBの2つの要素からできている。イントロとアウトロもAが基になっている。

 

 大きく分けて前半(イントロ-A-A-B-A)と後半(A-B-A-outro)に分けられる。(後述)

 

 

  イントロ

 

 短めのイントロはAの一部分を変形したものである。軽快なアウフタクトから始まる木琴が印象的で、この楽曲の純朴さや素直さを表現している。

 

 

  A

 

 Aは4小節×4つの部分からできている。このAだけでも、童謡のような小曲として成立する音楽である。

 メロディはヨナ抜き音階が使われており、素朴な雰囲気を醸し出している。

 

 

 第1部分では楽曲の主題を2回提示する。主題は上行-下行の山型のメロディで、この楽曲の重心を定めている。(譜例1)

 機能和声から見てトニックのみで構成されているため、あまり起伏なく流れていく。

 

 

 第2部分のメロディは主題を拡大変形したもので、ゆったりと上行し楽曲の最高音に達するとゆったり下行してくる。トニック以外のコードが現れ、少し動きがある。また、3小節目に現れるVIの和音にも注目したい。

 

 

 第3部分は主題のような山型の音形ではなく、逸音を挟んで1音ずつ上がっていくメロディとなっている。コードも借用和音(VIのV度)を置くことによって、Aメロで最も大きな緊張感を生み出している。(譜例2の黄色

 メロディとは逆行していくベースが音楽に厚みをもたらしている。(譜例2の

 

 

 第4部分は中音域から最高音へ一気に跳躍し、ゆるやかに下行するメロディ。フレーズのはじめはVIの和音から始まり終止形はサブドミナント→トニックの変終止である。(譜例2の

 最初に緊張感の解放がされた後は強い解決がないので着地するようにはばひろく音楽が進んでいく。

 

 

 A全体を通して、旋律の各フレーズ頭に休符があることが特徴である(第4部分を除く)。もともと作曲者の中村八大が小節頭から歌っていたものを、坂本九がアレンジしたといわれている。確かに休符のありなしで"ノリ"が変わるように思われる。この休符にも楽曲が愛される魅力が詰まっているのかもしれない。

 

 A部分は主題の形が次第に大きくなっていくような旋律である。またフレーズの頂点がⅥ度の和音(マイナーコード)にあたるため、明るさに徹しない憂いやうら寂しさを感じさせる。(図1参照)

 このような同様の音楽の連続が安定感や落ち着きを生み出している。

 

 

 

 

  B

 

 Bは4小節×2つの部分からできている。

 

 前半部分は主題を拡大したフレーズで、楽曲の最高音にいたる。晴れやかな広びろとしたフレーズで、コード進行もメジャーコードだけが使われることも注目したい。

 

 後半部分も前半部分と同様のフレーズだが、頂点にある♭VIの音は明らかに異質である。この♭VIはこの歌のメロディで唯一の変異音で、それがフレーズの最高音に現れるのだから嫌でも注目させられる。

 前半部分のように晴れやかに歌おうと思ったら頂点でぐっと抑えられることでもどかしさとかやるせなさを誘う。かと言ってそのまま負の感情を引き連れるのではなく、メジャーコードに復帰して尾を引きずることなく次の音楽へバトンを渡す。

 

 

  アウトロ

 

 アウトロはAの口笛演奏である。

 

 

  楽曲形式についての考察

 

 この楽曲の歌唱部分は次に挙げる2つの理由から前半〈A-A-B-A〉と後半〈A-B-A〉に分けられるだろう。

 

 理由①は楽曲が〈A-B-A〉を基礎とした二部形式として考えられることである。ふたつの〈A-B-A〉の頭にAメロを1個くっつけた二部形式と考えると収まりが良い。

 

 理由②は口笛パートが間奏の役割を果たすと考えられることである。最初から数えて4回目のA前半を口笛で演奏する。楽器だけで演奏される明確な間奏がないこの曲では、歌のない口笛パートが間奏のような役割を担うだろう。これを考慮し、4回目のA前半を間奏としたときには前述のような分け方ができる。

 

 ちなみに原盤のとても上手な口笛は坂本九が吹いたものらしい。

 

 

  サビについての考察

 

※なんでもかんでも型に当てはめるのはナンセンスかもしれないが1つの考察として※

 

 大雑把に言えば最もメッセージ性があって盛り上がる部分をサビと呼ぶようだ。

 

 この楽曲ので1番盛り上がるのは最も緊張から緩和(解決)する場面があるAの後半に相当するのではないだろうか。洋楽スタイルに当てはめるとBをBridgeと見立て、AがChorusという見方もできそうである。しばしばChorusはサビと紐づけられる。

 

 一方で元来の日本語におけるサビ=寂びの面からも考えてみたい。

 

 「寂び」とは時間の経過などで廃れたり風化していくものに趣や美しさが見出されることを言うようだ。これを私なりに解釈すると「普遍的な日常を過ごす中で起こされる心情の揺らぎや起伏」は寂びと通じる点があるのではないかと考えている。

 

 この楽曲のAは状態や場面を表す歌詞が多い。「涙」や「泣きながら」という歌詞はあるが、それがどのような感情であるかは一切言及がない。一方Bでは「幸せ」「悲しみ」という感情に関する歌詞が出てくる。

 

 これと寂びの解釈を勘案すればBがこの楽曲のサビであるという考え方もできるかもしれない。 

 

 

  歌詞

 

 この楽曲には細かい心理描写はない。しかしそんな空白が私達の想像力を刺激して味わ深い音楽へと仕上げているのかもしれない。

 

 歌詞の一部を引用する。

 

涙がこぼれないように

 この曲が始まってまず最初に「上を向いて歩こう」と陽気に坂本九が歌い出す。軽快な音楽にノリのあるリズム、上を向いて歩くだなんてポジティブな歌詞なのだからさぞ楽しい曲なのだろう。そう思った矢先にこの歌詞である。

 

 上を向いていたのは月を探したわけでもなく、雨を気にしたのでもない。「涙がこぼれないように」したのだ。このワンフレーズが加わるだけで、音楽の世界はぐっと広がる。またメロディも最高音に向かってゆっくり上行する様子は、まさしく「涙がこぼれないように」見上げているようにも感じる。

 

 

幸せは雲の上に 幸せは空の上に

 Aはほとんどが状況説明で感情的な部分は明記されていない。そしてBでやっと「幸せ」という言葉が現れる。全体的に物悲しい歌詞に現れた一筋の光は晴れやかなメロディを以てのびのびと歌われる。

 

 しかし改めて歌詞を眺めてみると<幸せ>は地上ではなく雲や空の上にある。見えてはいるけど手が届かない幸せがあることはただ不幸であるより惨めで苦しいだろう。

 

 見えている幸せがいつでもポジティブなものではないと知らしめてくれる歌詞である。そしてここに現れる楽曲唯一の変異音(♭IV)は神秘的な魔力を秘めている。

 

 

一人ぽっちの夜

 Aメロの最後、そして楽曲の最後は「一人ぽっちの夜」という場面を表す歌詞で終わる。

 

 これは言葉通りに哀愁を誘う歌詞というだけではないだろう。その裏にはむしろ反対の意味があると考えている。

 

 考えてみてほしい、昼間の街中で涙を流しながら上を向くことができるだろうか。物思いにふけったり悲しみについて考えたりできるだろうか。

 

 「一人ぽっちの夜」はそんな寂しさを受け入れてくれるには最適な環境だろう。もし、大勢の中で悲しみに心を痛めていたら、それは「一人ぽっちの夜」よりも孤独で辛いものなのではないだろうか。

 

 メロディのおわりにそっと置かれるこの歌詞は、逆説的にこの曲を前向きでポジティブな物へと昇華し、それまでは居心地の悪かった軽快な音楽と見事に合わさって《上を向いて歩こう》という曲を構成している。

 

 

 海外では《Sukiyaki》という曲名で有名ですが、《上を向いて歩こう》では長すぎるということで外国の偉い人が好きな日本食をタイトルにしたらしいです。すき焼き食べたいですね。