「………」


初冬の午後4時。薄暗くなってきた歩道を加藤知子は、通勤鞄と別に両肩に大きくパンパンになったエコバッグをかけて、トボトボと歩いていた。


「………」


目線は重たい足の一歩先程度を見ている。知子は、10年勤めた職場を辞めてきた帰りだった。


『お世話になりました』


一人一人、礼を言いながらお別れの挨拶をした。


『こちらこそお世話になりました』


『子育て頑張ってね!』


『寂しくなるな〜』


笑顔を向けてくれる同性の同僚達。知子は、申し訳なさそうに苦笑いをしながら会釈するしかなかった。


「嘘ばっかり」


知子の足が止まった。その顔は、怒りで強張っている。


「何が『寂しい』よ!せいせいするわ!」


すれ違う人達は、道の途中で立ち止まった知子を訝しげに見ながら通り過ぎていく。


『え?子供が熱?で、また早退するの?』


『しっ!声が大きい!』


『良いな〜私も早退したい…』


度々、保育園から電話がかかってきていた。親達は遠方で助けを求められない。夫は、勤め先は口では子育て応援と言っているが、実際の職場は非協力的。下手に頼んで、夫が職場に居づらくなるのは避けたかった。


「何よ……」


まだ独身だった頃は、みんなと仲が良かった。休み時間は、皆で集まってお菓子を食べていた。


「はぁ……」


ふと知子が顔を上げると、公園の入り口に易者が居るのが見えた。


(あんな所に占い師…いつも居たっけ?)


知子は、フラフラと公園の方へ行くと、客用の椅子に腰掛けた。


「すみません。見ていただけますか?」


「あぁ、良いよ」


易者は、老婆だった。


「ふむ…」


老婆は、知子をただじっと見た。


「えっと……今、私、困っていて…」


「職場で孤独かい?」


知子はドキッとした。


「あはは…孤独どころか…居づらくなって…」


「そりゃそうだろうねぇ」


老婆は呆れた様子で知子の顔を見た。


「え?人相に何か出てます?」


「覚えが無いかね?」


知子は、自分の顔に何か有ったかと鏡を取り出した。が、その手はすぐに止まった。


「今、あなたに起こっている事は、過去にあなたが森下恵子や鈴木綾にやった事だ。そうだろ?加藤知子さん」


「…え…」


「忘れたかね?」


知子は怖くなって、椅子から立ち上がると、荷物を持って駆け出した。


「はぁ、はぁ、はぁ」


家に辿り着くまで、一歩も立ち止まれなかった。


「はぁ…水…」


アパートの扉を開けて、水を飲んだ。時計を見ると、保育園には一時間後に迎えに行けば良い。


「とにかく落ち着かなきゃ」


知子は、脳裏から老婆の姿を排除しようとするが、恐怖心がそれを妨げた。


(森下さんと鈴木さん…)


言われるまで思い出さなかった。その人達の事も、自分がその人達にやった事も。


「他人にやった事は、必ず自分に返ってくるんだ。良い事も悪い事も」


知子は、また占い師の前に座っていた。


「あ、あれは、私の意思じゃなくて、先輩達にやれって言われて…」


「でも、結果的に行動をしたのはお前の意思だろ」


「やらなきゃ私がイジメられていたわ!」


「うむ。で、お前をイジメてきた同僚達も誰かに指示されたんだろうね」


「っ!」


「許してやりな。過去の自分も、その同僚達も」


知子は、パッと目を覚ました。走って疲れたのか、ソファで眠っていた。


「あ…」


保育園へ迎えに行く時間が迫っていた。


(夢にまで出てこないでよ!ホント腹立つわ!)


自転車で保育園へ向かった。


「あら、ちょっと早すぎたかしら?」


時計の時間が狂っていたのか、携帯を見るとまだまだ時間が有る。


「あら、こんな所にこんな店有ったかしら?」


パワーストーンのブレスレットや、ネックレスがショーウィンドウに飾られている。


「これ、何かしら」


初めて見る不思議な模様の入ったパワーストーンが目を惹いた。


「こんにちは」


恐る恐る店に入る。


「いらっしゃいませ〜ターニングポイントへようこそ」


明るい笑顔の女性店員二人に迎え入れられた。