本日、コロナ禍があって数年ぶりに開催されたヨタハチハウスでの朝食会に参加して来ました。
初めは自車のN1で訪問するつもりでしたが、近所のヨタハチオーナーのKさんも参加されるとの事で助手席に乗せて貰える事となり、朝6:00前に出発しました。
市内〜都内はスムーズに快適に進むことができましたが首都高を出た辺りから急速に渋滞が始まりました。
どうにも解消しそうもないとKさんと相談し、横浜町田?で下道に降りて急ぎましたが、当初の8:00前到着と表示されていたナビの画面の時刻がズルズル押して、最終的には1時間遅れの9:00過ぎたなってしまいました。
着くなりビートで来られた面白おっちゃんのNさんから、
「N1で来るんじゃなかったんかい!」
と笑いとともに突っ込まれました😅
流石大阪人、前回同様、笑いを取る呼吸や人を和ませる術は一級品でした!
「差し入れ歓迎!」
との事前案内があったので、当初冷凍された焼き鳥でも持参しようと思っていましたが前日に買い出しに行けず、近所の酒屋の主人にお勧めのノンアルコールスパークリングワインを手に会場へ!
テーブルの上を見ると…初回行われていたBBQのコーナーがなくなっていました🫢💦
20人の参加者分の支度も片付けも大変なんだなと解釈するとともにスパークリングワインで良かったと胸を撫で下ろしました😮💨
椅子に座るなり多くの方から一昨年の6月に受傷した左掌の具合を尋ねられました。
これだけ多くの方が心配してくれていたのだと知り、感謝の気持ちと同時に
「もっとリハビリを頑張らねば!」
との活力も戴けました。
最後にお会いしたのがコロナ禍の前の忠ちゃん牧場ミーティングで5年間くらい空いたでしょうか?
その間に師匠のお一人のひっぱり屋さんは50代に、初めに会った時のひっぱり屋さんの坊やも赤ちゃんから少年に、少年だったIくんは見た目昭和のヤンキー風の青年🕶️に、TSOCCの会長と群馬のIさんは今年後期高齢者に突入🫨と、時の経過を痛感しました。
かくいう私も当時は孫一人だったのが四人となり、ヨタハチも2年間板金塗装に出したり、受傷した左掌のリハビリに2年間日々振り回されていました。
病院での治療もリハビリも症状固定と1年間で打ち切られましたが、牛歩ながらリハビリを続ける事で僅かずつですが可動域は確実に上がっています。
また、本日初見のタッドプロジェクトのIさん(偶然にも右ドアを◯オクで譲って貰い、後からyota1967さんが懇意にされている方と知りました)
もう一方、ボディ状態が著しく厳しいレベルから確実にレストアされている関西メディア(株)のYさんともお近付きになれました。
歓談の中で、不自由となった左掌でヨタハチを維持するためにトヨグライドやパワーステアリング提案をしてみたら、ひっぱり屋さんから
「昔は存在していたようですよ。」と
知らされました。
きっと本日乗られてきたパブリカのトヨグライドを移設してあげようと考え始めてくれているのだな?と感謝しました?!🤣
5年振り位間が空いたのに皆さんは優しく迎入れてくれたことに心から感謝の気持ちで、一杯になりましたよ。
最後にホットニュースがもう一つ、まさ与太さんがブログ等でチラチラ匂わせていた美しく優しい奥様?パートナー?を同行されて来ていました。
息もピッタリで側に居るだけでも心和みましたね。
そうこうする内、12時の鐘が辺りに響いたよとのKさんの言葉掛けに後ろ髪を引かれながらもまたの再会を期して退去しました。
行きは3時間強でしたが、帰りは渋滞がなく1時間半程度で帰宅しました。
いつか、課題のドアヒンジと左掌の改善がなされたらYottaを駆って参加したいものです。
写真を撮るのをすっかり忘れてしまったので、同席されたどなたかのブログとかをご覧ください。
文字ばかりでごめんなさい🙏🏻
最後に、本日は企画していただいたYメカさん、yota1967さん、会長のSさん、アドバイザーのHGRさん、ありがとうございました。