魚が無視される世界を

考えてみた

魚が食べられない

魚が釣られない

魚が漁られない

魚が飾られない

魚が飼われない


魚に見向きもしないんです


それは魚にとって

素晴らしい事なのでしょうか


それとも

たいして変わらない事なのでしょうか


どうせ人間が

食べなくても

釣らなくても

食べるものはほかにいて

釣るものもほかにいる


だからどうせ変わらないものなのでしょうか


魚を飾るものはいなそうです

魚を飼うものもいなそうです


それなら変わるということなのでしょうか


人間が生きることに

魚は必要なのでしょうか


人間が生きるためだけなら

魚を必要としていいのでしょうか


人間が生きるためにどうせ

魚が必要ならば


何にしたって

魚が必要ということでいいのでしょうか


はあ、なんとも苦しいです、人間。


人間ではない生き物を見つめる度に

人間ではない生き物をどれだけ

知らぬ間に必要としているのでしょう


考えても仕方のないこと

人間の幸せを否とすることもできません

何も考えずにいれば

それが正解でしょうか  ね


あなたの声が聞こえないのは

人間を幸せにするためでしょうか

それとも

こうして人間を苦しめるためなのでしょうか


わたしが聖人ではないとすることで

全てに解放されるでしょう


何を思おうと

わたしは

魚を食べ

魚を釣り

魚を漁って

魚を飾り

魚を飼うのです


わたしはそういう人間の中で

生きているのです。


なんとも非力、非力なのです。



それを知る上で私は

あなたの生きる時間を

大切にしたいと思います。