不思議だなと思うのは、どの国でもいつの時代でも、戦争が終わった後は皆さん平和の尊さを訴え不戦を誓うのに、しらばらく時間がたつと、そうでない考え方が出てくることだ。戦争を実際に経験した世代が、「こんなことは二度としてはいけない」と考えても、その記憶が「体験」から「知識」へと変わってしまうことで、考えが変質してしまうのか。空襲で家族を失うこと、食べ物がないこと、昨日まで一緒だった人が死ぬことを実際に経験した人にとっての「戦争」と、教科書や映像で知る戦争とでは、同じ言葉でも心理的な重さが異なってしまう。ただ、現在世界で起きていることは、そんなに単純なものではないとも思う。なぜなら、戦争には相手がいるので、戦わなくても戦わなくといけない場合もある。それにどう備えるかというのは、ウクライナ戦争を見ても自明な大変難しい問題だと思う。ただ、あくまでもその根本には平和主義が無ければ、大戦で亡くなった方々に申し訳がたつまい。そのためにも外交力が重要である。
スケールはだいぶ違うが、我々が進める科学における国際連携も、こうした点で一定の寄与があると信じたい。様々な分野でのこうした連携が進めば、必ず平和へ何らかの寄与があると思う。それは何故かといえば、相手の考えを想像することと、相手の実際の考えには、多くの 場合乖離があるからだ。相手に対する勝手な妄想は、誤った考えを導く。まずは先入観を持たずに、相手の考えをよく聞くこと。それを様々な場で繰り返すことで、戦争は防げると信じる。