ベートーベンは1827年に亡くなり、ブラームスは1833年に生まれました。
生きて会うことのなかった二人が共作したのが、ブラームスの交響曲第一番です。
この曲を聞いていると、本当にブラームスは、ベートーベンにあこがれ、
ベートーベンのことを敬愛していたんだな、ということをひしひしと感じます。
そういう意味では、この曲はベートーベンとブラームスの共作と言っても、
ブラームスは歓喜こそすれ、怒らないだろうなと思います。
その時代を超えた二人のつながりが、この曲を一層感動的なものにします。
この曲は、単なる「ベートーヴェン風」という以上に、亡きベートーヴェンと
真剣に対話しながら、自分自身の答えを差し出しているような感覚があります。
とりわけ第1楽章のハ短調の厳しさから、第4楽章でハ長調の光へ到達する構図は、
運命交響曲や第九を思わせ、そのこと自身、ブラームスの意志だったと思います。
類似を指摘された際、ブラームスは「そんなことは誰にだって分かる」という
趣旨の有名な返答も、影響を隠す気などなかったことを示しています。
作曲に21年を要したというこの曲が感動的なのは、ブラームスがベートーヴェンを
模倣したからではなく、あまりに敬愛していたために、その偉大さから逃げずに
真正面から引き受けたからだと思います。その重圧を超えて、ベートーベンとの
共作といえるほどの曲を作り上げてことが本当に素晴らしいと思います。時代を
隔てた敬愛が、重圧となり、やがて対話となり、もちろんロマン派的な要素も
あり、最後には新しい創造へ変わる、その過程そのものが、この交響曲の大きな
感動なのだと思います。
私達も過去の偉人の業績に学び、それに何かしらの、わずかながらの進歩を
足して、次世代に引き継ぐことができれば、素晴らしいなと思います。できれば
それが世界の平和、万人の幸福、持続可能な社会の確立につながればと願います。