「お前も、真志さんの知り合いだったのか…」

突然康一は、僕の方を振り返った。

「ああ、まあ…小学生の頃、よく来てたからな」

「ふうん…。そうだ、もう少しすれば、近所のガキ共も来るぞ

 賑やかで結構楽しいんだ。あっそこのジョウロに水汲んで」

「おうっ」

向日葵の間を抜けて、洋館の塀際に行くと蛇口があった。

「塀に水道?」

僕はちょっと驚いて、ついそう口走った。

「ップ…おいおい。大丈夫か?塀の中から地下に…地下から洋館内の

 水道にパイプが通ってるんだ。ちょっと考えれば分るじゃねーか!」

「ハハ、そうだな。ハハハハハ」

康一が、噴き出したのに釣られて僕も笑い出した。

笑いながら、ジョウロに水を汲んだ。4つあるジョウロを2個づつ持つ。

水が、たっぷり入るとさすがに重かった。

意外だった。両手に、掛かる重みが辛かった。

かなり、腕に力が入った。僕の、弱い筋肉が悲鳴を上げている。

しかし、康一は軽々とジョウロを持ち上げ、スタスタと歩きだした。

「オラ、絢。行くぞぉ~」

「待てよ!」

僕は、全身に力を込めて歩き出した。

たった15歩。それにこんなに力が要るなんて。

僕の体は、本当に力無かったんだな…再確認した。

「このままじゃ、ダメだな」

何がダメなのか分からなかったが、取り合えず口に出してみた。

向日葵は背が高く、僕の伸長を軽々超えているため、

間を抜けるのはちょっと大変だ。

「ふぅ……」

やっと石畳の道に着いた。「着いた」という言葉は、おかしいけれど

身体は着いたと感じたのだ。


そこにキャアキャアと、はしゃぐ声が聞こえて来た。

「おじーちゃーんっ!!向日葵元気ぃ?」

ランドセル背負った、女の子が手を振っている。

後ろから、もう一人の女の子と、小さくて折れそうなほどに痩せた

男の子も走ってきた。

あっという間に、石畳の小道まで来た3人はおじいさんを囲んだ。

「あのね、真志おじいちゃん。これね、ママと焼いたの。食べて!」

後ろから走って来た、ポニーテールの女の子が紙袋を差し出す。

最初に走って来た女の子は、康一の傍に行った。

「ジョウロ、片方貸して?」

「七恵、元気だな。結構重いぞ?大丈夫か?」

「平気。康兄ちゃんには負けるけど、結構力持ちなんだ。七恵」

「操子は、本当によく菓子作るな。この間の、チョコケーキも美味しかったし」

「そうだよねぇ。あのね、康ちゃんに、章平の秘密知りたい?」

「うん。知りたい。教えて!」

「あのねぇ…章平はね、操子の事、好きなんだよ!!

 ここに来てから、惚れちゃったんだって~。内緒だよ!フフフ」

七恵という女の子は、小声で喋ったつもりらしいが、僕までちゃんと聞こえていた。

しかし、おじいさんと、章平。それから操子という女の子は聞こえていないらしい。

僕は、おもしろい会話だなぁとか思いながら、ジョウロを傾けた。

向日葵の根元に、冷たい水が飛び散る。

「ねぇ、康ちゃん。このお兄ちゃん誰?お兄ちゃん何て言うの?」

突然、後ろから七恵に話し掛けられた。

「あたしは七恵よ!七ちゃんか、七恵って呼んでね」

「僕は、絢。絢だよ」

今までにない、優しい声が出た。

自然と顔が微笑んでいるのが分かった。

「じゃあ、絢ちゃんって呼んでいい?」

「うんっ」

僕は、小さな子と初めて喋った。

今まで、ただのウザいガキだった存在が可愛いと感じる。


         芽つづく芽

                              作/愛理