カレンダーに、赤い印が付けてある。
お母さんには言えない、秘密の意味を持った印。
親友の華南(カナ)だけが知ってる。
今日は七月七日。赤い印も七月七日の欄に付いている。
チャララララ♪
ケータイから、オルゴール音が聞こえた。
「もしもし、華南?」
「おはよう、飛由(ヒユ)。どう?お母さんにはバレテない?」
「大丈夫。華南にはホントに感謝してる。今日は上手くやってね」
「ok!あたしは、一人で映画行くから」
「ゴメンネ…今度、何かおごるよ」
「ラッキー♪いいの?じゃあ、計画開始って事で!」
「頼むよ!絶対、今日は失敗しないで」
「あたしが、この計画失敗したことあった?大丈夫よ。じゃバイバイ」
秘密の会話が交わされる。
七夕。一年に一度、おり姫様と彦星様が出会える特別な日。
この日は、飛由にとっても特別な日だった。
朝から、いそいそと可愛い洋服を着て、持ち物の確認をする。
財布もケータイも鞄に入れて、お母さんからデジカメを借りる。
「今日は、華南と映画に行くの。その後、買い物でもして、ご飯も食べてくよ。
華南が、誕生祝いしてくれるって!多分八時には帰るよ」
「あら、そんなに遅くまで…いくら、日が長くなったとは言え、夜は危ないわよ」
「もうっ!お母さんは心配性なの!あたし、もう高校生だよ?平気、平気!」
「そう…?気を付けてね。デジカメ、壊さないでよ」
朝ごはんが、全部お腹に収まった。
「じゃあ、行ってきま~す」
「気を付けてね!」
飛由は、お母さんに見送られ、家を出た。
市バスに乗り、2駅後…。バスの停止ボタンを押す。
「次、停まります」
電子音のアナウンスが鳴り、バス停に停まる。
飛由は、バスを降りる。
バス停のベンチに、懐かしい人の姿があった。
「パパッ!飛由だよ!パパッ」
下を向いて、新聞を読んでいた男が顔をあげた。
実際の年齢よりも少し老けて見える。目の下には濃いクマが出来ていた。
「飛由か…デカクなったなぁ…髪、染めたのか。似合ってるよ」
「久しぶりだね、パパ…嬉しいっ!」
飛由は高校生。しかし、未だに父親のことを「パパ」と呼ぶ。
それも仕方ない。飛由にとっての父親は、ずっとパパのままなのだから…
飛由の父親と母親は、4年前…飛由が小学校六年生の頃に離婚した。
理由は、夫婦の仲が冷めたんだと言う。
飛由にとっては、親の自分勝手な都合でしかないが、きっと夫婦の間に
何かがあったのだろう。しかし、飛由はそれに触れる気はなかった。
両親が語らないのには、何か訳があるのだろうと信じていた。
飛由は、母親の彩夏(サヤカ)に育てられた。
だから、飛由の中の父親は、いつまでも「パパ」なのである。
飛由は父親も母親も、比べられない位に愛していた。
彩夏に引き取られた時、父親と約束を交わした。
「必ず、会おうね」と。今までも、何回か、彩夏に内緒で会った事がある。
いつも、親友の華南は協力してくれる。一緒に遊ぶことにしてくれたり、
華南の親がいない日は、家に呼んだことにしてくれたり…
そして、今日も、その再会の日だったのである。
飛由は、最近染めた、紅茶色の髪を父親に見せた。
「ね?大人でしょう?バイトしたお金で染めたの」
「すごいね!つもる話もあるけど、今日しか無いんだから、
ご飯と同時進行にしよう。そこのデパートのレストランで予約を取ってあるんだ」
「うわーい、いいの?やったぁ」
飛由の興奮は頂点に達していた。朝からずっとハイテンションで、
これで怪訝に思わない彩夏が信じられない。
飛由は学校での出来事、コンビニでのアルバイトの話。たくさん話した。
父親は、満足げにそれを聞いていた。
デパートのレストランで食事をした。すぐに食べ終わらない様に、たくさん注文した。
デザートに、ケーキまで頼む。
「すぐにお持ちします。デザートと紅茶は、食後にお持ちしますね」
店員が行ってしまうと、今度は父親が話始めた。
「身長伸びたね。何センチ?前に会ったのは、受験の前だったけ?」
「165センチ。もうパパと10センチしか変わらないよ。
受験はパパの励ましのお陰で、ラストスパート、頑張れました♪」
「良かった。なぁ、これが食事を済ませたら、ここの店で、好きなもの買ってあげる。
誕生日、七月十日だもんな。ちょっと早いけど…」
「そんなの気にしないで!あたし、お洋服が欲しいなぁ。その後は、映画見ようね。
それから、ゲームセンターでプリクラ撮ろう。カフェにも行こうよ。
あたしから、パパのバースデープレゼント買ってあげる。
そのために、お小遣い貯めてたんだから。6月30日だってちゃんと覚えてるのよ」
「有難う。そうだ、カフェの後は、近くの公園に行こう。アイスでも食べながら
散歩しようじゃないか。パパの一人暮らしの家、見ていくかい?
ペットショップを覗くのもいいね。あ、夕方には特製カレーライス作ってあげよう」
「いいねぇ。じゃあ、お母さんに食事は、一人で済ますってメールするね」
飛由は、最新型のケータイを出した。
「ケータイ、買ってもらったのか?」
「ううん。2週間、コンビニでバイトして、買ったの。
最新型だから、機会が高くて…一万円くらいしたの。バイト代だけじゃ足りなかったけど」
「そうか…良かったな。じゃあ、洋服売り場に行くか。
ここでいつまでも、時間潰してる訳にはいかんだろうが」
洋服も買った。父親の誕生日祝いにと、ネクタイを買った。
デパートの映画シアターで、人気の映画を見た。
近くの駅ビルのゲームコーナーでプリクラを撮った。
カフェでケーキを食べた。紅茶も飲んだ。
デパートを出てしばらく歩き、コンビニに入ってアイスを買う。
その傍の公園で散歩をして、道路脇のペットショップを少しだけ覘いた。
離れて暮らした、半年の埋め合わせを一日でするのだ。
2人とも1分を大切にした。1分の間に出来るだけたくさんの事をしたかった。
しかし、時間は刻々と過ぎて行き、いつかリミットが訪れる――。
最後に、父はペットショップの裏の、割ときれいなアパートに飛由を案内した。
「ここがパパの暮らしてる家」
最上階の部屋に、飛由と父親は入った。
「景色いいじゃん」
ベランダから辺りを見渡しながら飛由が言った。
確かに、山も川も、デパートの立っていた繁華街も全部見渡せた。
交渉ビルや、マンションが建っていないのと、アパートが丘の上に建って
いるからだろう。双眼鏡を覗いているような…そんな感じがした。
「その辺で待ってて。カレー温めるから」
父親は、鍋に残ったカレーを温め、飯を炊いた。
すぐにカレーライスが出来上がった。
「出来たてじゃなくて悪いな。だけど、もう5時半だから…
そろそろ、友達も家に帰る頃だろう?彩夏が心配するんじゃないかな」
「母さん、心配症だからね。じゃあいただきます」
飛由はカレーライスをガっついた。何年振りだろう。父の手料理を食べるのは…
「パパ、母さんと縁りを戻すつもりはないの?」
「…」
突然の質問に、父親は黙った。
「なぁ、あと30分だけいいか?」
「いいよ」
父親は、質問には答えずに再び靴を履いた。
飛由は、カレーを食べ終わった。
「行こう」
歩いて5分。二人が着いたのは市民科学センターだった。
「プラネタリウムがあるんだ」
公演時間はすぐだった。
「今日は七夕です…」
プラネタリウム…機械で映し出された夜空には、天の川がかかっていた。
「きれい…」
飛由は呟いた。
「今日が、過ぎても又会える?織姫と彦星みたいに…」
「会えるよ、きっと。飛歌里には、今日の事内緒だぞ」
「やっぱり、パパとお母さんは今のままなのね」
「…」
「でもいいや。あたしはパパと会えるもの。
絶対約束よ。また、『久しぶりだね』って言って、会おうね」
「又、『久しぶりだね』って笑えるさ。」
プラネタリウムは終わりに近づいてきた……
街中では見られない、見事な天の川が、2人の頭上に広がっている…
美しい天の川で、織姫と彦星が再会することだろう。
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