震電のエンジンはハ43-42ですが、このエンジンの減速比はWikipediaには0.472と書かれています。しかし試製震電計画説明書には0.412と書かれています。どちらが正しいかを知るにはスミソニアンにある実物をバラして確かめるのが一番ですが、実際には無理なので数字をいじくって考察してみます。
まずはプロペラ先端マッハ数を比べてみます。
プロペラ先端が音速に近づくほどプロペラ効率は落ちます。
ハ43の公称回転数は2800rpm、プロペラ直径は3.40mなので、高度8700mで最大速度750km/hとした場合、プロペラ先端マッハ数は下のようになります。
減速比 0.412 0.472
プロペラ回転数 1154rpm 1322rpm
プロペラ先端周速度 739.3km/h 847.0km/h
プロペラ先端速度 1053.1km/h 1131.3km/h
プロペラ先端マッハ数 0.955 1.026
(高度8700mの音速=1102.9km/h)
減速比が0.472だとプロペラ先端は音速を超えてしまいます。細かく言うとプロペラの先端から77ミリまでが音速を超えます。しかし減速比が0.412のほうもマッハ0.9を超えており、プロペラ効率は大なり小なり低下すると思われます。
実は両方とも当時の戦闘機の中ではプロペラ先端マッハ数が特に大きいわけではありません。当時の戦闘機でプロペラ先端がマッハ0.9に達しないのは雷電くらいで、これは火星エンジンの回転数が2600rpmと低く、減速比は1:0.5とそこそこ大きく、最大速度があまり速くないことによります。零式戦や一式戦のような低速機でもエンジンの減速比が1:0.5833や1:0.6875と低いので、全開高度で最大速度を出すとプロペラ先端はマッハ0.9を超えます。
日本機でプロペラ先端が音速を超えるのは二式単戦と彩雲くらいですが、米軍機はプロペラが大きいのでR-2800搭載機なんかは軒並みプロペラ先端が音速を超えます。ですから減速比0.472ではプロペラ先端が音速を超えるからと言ってハ43-42の減速比が0.412だと決め付けることは出来ませんが、高空で高速を出すには減速比は大きい方が良いのは確かでしょう。
次にプロペラの吸収馬力を比べてみます。
プロペラの吸収馬力は、
HP = kp x ρ x D^5 x RPM^3
HP:馬力
kp:馬力係数
ρ:空気密度
D:プロペラ直径
RPM:プロペラ回転数
馬力係数はプロペラの形状に固有の係数で、相似形ならプロペラの大小に関係無く同じ数値です。ここで言う相似形とは、枚数、縦横比、翼厚比、翼角、翼型が完全に一致していることです。
プロペラは飛行速度が速くなるほど大きな馬力を吸収出来るので、離昇時の運転条件で比べることにします。
震電と同じ海軍の雷電は離昇1800馬力、回転数2600rpm、減速比0.5、直径3.30mの4翔プロペラです。これを震電のプロペラサイズに拡大すると、
1800 x (3.4/3.3)^5 x (1154/1300)^3 = 1462ps (0.412)
および、
1800 x (3.4/3.3)^5 x (1322/1300)^3 = 2198ps (0.472)
となり、減速比が0.472なら4翔のままでもハ43の離昇馬力2130psを吸収出来ますが、減速比が0.412だと必要な能力の2/3しかないので6翔プロペラが必要になります。
4翔のままでも直径3.65m、5翔なら直径3.55mにすればいいのですが、試験飛行でプロペラを地面に擦ったことでも分かるように、推進式プロペラは地面とのクリアランスを確保し難いので直径は増やしたくないでしょう。
雷電のプロペラに余裕があるのなら震電も6翔でなく5翔でも大丈夫かも知れませんが、減速比が0.412 なら4翔プロペラでは無理でしょう。
以上のように二つの面からハ43-42の減速比について考えてみましたが、計算が間違ってなければハ43-42の減速比はWikipediaの0.472ではなく、試製震電計画説明書の0.412の方が正しいことになります。
減速比は回転数と同じくらいプロペラ直径や枚数に及ぼす影響が大きいのに、無視されがちなのは悲しい事実です。