丹沢秘密倶楽部

丹沢秘密倶楽部

よく行っていた丹沢の山小屋のこと、
日々の記録、こんなことがあったかな、近ごろお気に入りの一句。

 

行人偏の間が空きすぎました・

 

毛筆ではうまく書けないので、ふと思いついて、黒板に書いてみました。

小さな黒板(A3サイズ)とチョークをアマゾンで買いました。

 

自分なりに一番よく扱える筆記具は何かと考えてみると、それはチョーク、白墨なのです。

まぁ、かたちを取れればいいかなぐらいの気分ですが。

一回書いて、消すのは効率が悪いので、何回か重ね書きをしています。

 

今は、この九成宮醴泉銘と平仮名と、そのもとになった漢字、以呂波仁保・・・などを練習しているのです。

 

楷書体 - Wikipedia

手本の、九成宮醴泉銘 唐 欧陽詢

 

行く行くは、近ごろお気に入りの一句をチョークで書こうと思っているのです。

 

 

近ごろお気に入りの一句

 

字の名は駒をいただき春の雲      三橋敏雄

 

古書店がしまると春の月がでる     北大路翼

 

ぺしゃんこのサンドイッチや春の山   北大路翼

 

 

近ごろお気に入りの一句

 

「こゑは消えるのに」アメリカ句集 あとがき から一部

 

二〇二一年十月から・・・一年間、カリフォルニア州のバークレーに住んだ。アメリカに住みたいと思ったことなどなかったのに、配偶者について行くことに決めたからだ。・・・日々のなかには、誰かに語って聞かせるほどでもないことが、わりとある。・・・写真に撮らないようなこと、人に送らないようなことを、母語の定型詩が、書かせてくれた。・・・

 

 

昼の月盛りの町を詩につくる        佐藤文香アメリカ句集

 

さて、「盛りの町」とは?

賑わっている町、町の中心部ぐらいでいいのでしょうか。

調べました・・・「昼の月」秋の季語

 

 

火事跡の林を栗鼠の細身なる        佐藤文香アメリカ句集

 

カリフォルニア州は山火事が頻繁に発生する地域だそうです。

 

 

海を来てこの街を迂回する冬        佐藤文香アメリカ句集

 

バークレーの画像を検索、この地図を発見して、了解しました。

サンフランシスコの気候は、地中海性気候で、冬は温暖で降水量が多く、夏は気温が低く、乾燥しているそうです。

 

 

沖よりも港いとしく冬夕焼         佐藤文香アメリカ句集

 

 

 

アメリカ句集「こゑは消えるのに」  上部の白は付箋です。

カリフォルニアのバークレーに一年間住んだときの俳句だそうです。

 

 

近ごろお気に入りの一句

 

土足禁じて我が家となせば我らが昼      佐藤文香アメリカ句集

 

玄関に靴箱、床にじゅうたん・・・などをして・・・昼になった、何を食べたんでしょうね。

 

 

鈴懸と配管工の清潔なシャツ         佐藤文香アメリカ句集

 

庭に鈴懸の木があって、何かの工事に来た配管工の若く清々しい印象、ぐらいに読めばいいかなと。

 

配管工にはplumbarと英語のルビがついています。

 

 

深夜の窓に鹿と仔鹿をふと見たり       佐藤文香アメリカ句集

 

 

続きはまた。

第7回僚山会展 (八王子市北野市民センター7階展示室) から

 

上が切れてしましたが。

 

 

 

近ごろお気に入りの一句

 

自転車の交はす明るさ薔薇の町       佐藤文香 句集「菊は雪」

 

この句を読んで、まず思い浮かんだのは、映画「青い山脈」です。吉永小百合、浜田光夫、高橋英樹などの出演でした。

やたらと自転車を乗り回す場面が印象に残っていたからです。

 

青い山脈

一)
 若く明るい 歌声に
 雪崩は消える 花も咲く
 青い山脈 雪割桜
 空の果て 今日もわれらの
 夢を呼ぶ

(二)
 古い上着よ さようなら
 さみしい夢よ さようなら
 青い山脈 バラ色雲へ
 憧れの 旅の乙女に
 鳥も啼く
 

作者の「佐藤文香」さんは、40歳ぐらいで、「青い山脈」は知識としては知っていると思いますが、「映画」は見ていないと、当方は想像していましたが、

 

「自転車の交はす明るさ」

 

という凄いフレーズを読むと、いや、映画を見ているとしか思えない・・・のです。

 

佐藤文香さんは、俳人としてスタートしましたが、近ごろは詩人になろうとしているようです。詩集も出版していますが、買うかどうかは、思案中。

NHK短歌にも出演していました。(2月8日放送)

 

句集は全部買いました。

とにかく、凄い俳人です。

近ごろは、ほぼほぼ囲碁です。

 

囲碁三昧と言えば、聞こえはいいのですが、気分的には良くないのです。それは、インターネット囲碁だからです。日本棋院インターネット囲碁「幽玄の間」、対局だけでなく、会話機能も付いてはいるのですが、互いに使うことはほぼなく、勝敗だけで終わってしまうことがほとんどです。

 

対面囲碁(変ないいかたですが、本来の囲碁)であれば、勝っても負けても、ああでもない、こうでもない、と言いながら打つのが一般的で、互いに多少のリスペクトがあるのです。

 

二年ぐらい前に、八王子市役所前にある碁会所に行ってみましたが、ちと遠いので、それっきりになっています。また行ってみるか、思案中。

 

十月ごろ、立川立飛歌舞伎を見に行きました。市川中車(香川照之)と息子の市川團子が出演していました。画像は立川駅構内。

 

 

久しぶりに、月刊「俳句界」を買ってみました。

 

近ごろお気に入りの一句「俳句界」12月号から

 

現金はかぞへて楽し氷菓買ふ       小川軽舟

 

当方も現金での買い物は少なくなっていますが、いくらかは手元におくべきでしょう。

 

いつまでも暑く楽しく夜の長く      岸本尚毅

 

虫の世界ですね。

 

側溝の中まで花野ひとつづき       細谷喨々

 

当方の家の側溝も花野になっています。あまりに丈が伸びてくると剪りますが、基本的には放っておきます。

 

花柄の日記ねむそうなので買う      土井探花

 

この方は、現代仮名遣いの俳人です。

「花柄がねむそう」、気に入ったのでしょうが、俳句なので。

枝豆の花

 

 

ふらんす堂通信184を適当にめくっていたら、目に飛び込んできた一句、

 

窓を開ければ港が見える夜の秋

 

仁平勝句集「デルボーの人」の紹介ページで、

「読者は、本歌取りやパロディーを楽しみつつ、日常生活に存在する俳句的発見・・・櫂未知子評」とありました。

 

「窓を開ければ港が見える」♪メリケン波止場の灯が見える・・・」超懐メロ「別れのブルース」(淡谷のり子)の出だしに季語「夜の秋」をつけたものらしい。

 

うむ、なるほど、そういうこともあり、なのか。

 

仁平勝、この方は、角川俳句賞の選者の一人で名前は知っていたが、評論家で、句集を出しているとは知らなかった。

 

しかも、昭和24年東京吉祥寺生まれ、当方より一歳年長の人。

 

しばらくは、この人の句集、評論を読むことにしました。

当方のメロン、見た目はスーパーで売っている2000円クラスですが、取るのが早かったらしく、大味以前、微かにメロンの風味、一口で、これは食用ではないと、当方の畑に戻しました。

 

 

南風メール句会6月

 

当方のみの結果です。他の人のものにはふれられません。

 

投句は三句ですが、二句は選も予選も入らず、抹消。残った一句。

当方的にはよくあることです。

 

 

宝くじ売り場を過ぎて白紫陽花   1点

 

 特選1   予選2

 

自評、知人の所属する書道会の書展や絵の個展を見に、年に何度か銀座の画廊に行くことがあったのです。

 

当方の遅れてきた「銀ぶら」、

銀ぶら、大正時代からの俗語だそうです。

まぁ、当方の場合は、行き先になかなかたどり着けず、うろうろしていることですが。

 

銀座の有名な宝くじ売り場、西銀座チャンスセンターを過ぎて少し行くと、数寄屋橋公園があります。公園全体を見渡せる小さな公園ですが、ここに、白い紫陽花があるのです。

 

「白紫陽花」「銀座」「数寄屋橋」「公園」なかなか、句にできないでいましたが、「白紫陽花」だけを残して投句したところ、3人の方が注目してくれたということでした。

 

当方のいちご

 

 

近ごろお気に入りの一句

 

「金子兜太自選三百句」から

 

  トラック島にて

 

ふる里はあまりに遠しマンゴー剝く       金子兜太

 

キャッサバ林軍靴を照らす火の果てに      金子兜太

 

キャッサバ、いもの一種、煮るか焼くかしたのでしょうね。

 

 

  トラック島にて米側作業に従事 三句

 

あお向きしとき月ありぬ一つの月        金子兜太

 

葦の穂や滑走路昃(かげ)り吾等帰る

 

愚に近き日日やバナナは色づきて
  

一句目、月を見上げた、一つの月だ。

阿倍仲麻呂のような心境だったのでしょうか。

 

調べました。

 

阿部仲麻呂(あべのなかまろ/大宝元年~宝亀元年 / 701~770年)は大和の国に生まれ、若くして優れた学才を現し、仲麻呂十六才の時に遣唐使・多治比県守に従って、留学生として唐に渡りました。
唐では「朝衡/晁衡(ちょうこう)」と名乗ったと伝えられていて、三十年近く滞在しました。

玄宗皇帝に仕え、李白や王維らの著名人と交際し、文名が高かったと伝えられていますが、仲麻呂が五十一歳の時、宗皇帝に帰国を願い出て帰路に着きます。
しかし、その途中で嵐にあい、安南に辿り着きました。
阿部仲麻呂は後に再び長安に帰り、唐の地で亡くなっています。


「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも」


この和歌は、よく知られているもののひとつですが、仲麻呂の帰国を祝って、明州(現・ニンポー)の町で送別の宴会が開かれた時に詠まれたものだと伝えられています。

 

「春日なる三笠の山」


実はこの三笠の山の麓は、遣唐使の航海安全祈願のための神祭を実施する場所だったのです。

 

ということでした。

当方のトマト

 

 

近ごろお気に入りの一句

 

昭和遠し冷しトマトといふ肴          伊藤伊那男

 

 作者は神保町で「銀漢亭」という「俳人酒場」を十数年、営業していたという人です。

 

 

増上寺裏で十年氷売              矢野玲奈

 

 増上寺の前は広いでしょうね、行ったことはないが。暑苦しそうな俳句です。

 

 

凌霄花(ノウゼンカズラ)

 

 

近ごろお気に入りの一句

 

滴りの駅にとまりぬ山軌道          吉村 昭

 

「滴り」岩壁からしみ出した水、水滴。

「山軌道」軌道は線路。

「駅」トンネル内の駅と思われます。

 

作者の随筆集「わたしの取材余話」に「高熱隧道をゆく」という一文があり、宇奈月温泉駅から軌道車に乗って、地底のトンネル駅に着いたことが書いてあります。たぶん、このときの句でしょう。

 

吉村昭の作品「高熱隧道」は小説ですが、ほぼ実話。

黒部第三発電所建設のためのトンネル工事、岩盤温度166度に達する箇所の難工事。

昭和11年~14年、累計300名以上の人が度重なる事故で亡くなったそうです。

このことをイメージして読めば、凄い俳句なのです。

 

現代であれば、工事中止になっているものでしょう。

実際に当時の富山県庁が工事中止命令を出したそうですが、陸軍省の介入によって、続行されたと書いてありました。「高熱隧道」解説文から。

 

 

 

横顔は子規に如くなしラフランス       広渡敬雄

 

 教科書などに載っている正岡子規の横顔でしょう。

 

 

ぶちまけて蜜豆が夜空のようだ        神野紗希

 

 都会の夜空ですね。