何故、龍なのか | 郵便学者・内藤陽介のブログ

 何故、龍なのか

 日本切手の歴史を考える上で避けて通れないのは、なぜ、日本最初の切手(↓)には龍が取り上げられたのか、という問題です。この点については、「唾で舐めたり消印を押したりする切手に天皇の“ご尊顔”を印刷するのは畏れ多いので、代わりに天子の象徴として龍を取り上げた」という説明がしばしばなされているようです。


 龍切手


 しかし、この説明、冷静に考えてみると、実は、きわめて根拠が薄弱です。


 そもそも、日本最初の切手には裏糊はついていません。したがって、裏糊を舐めるから“ご尊顔”を印刷するのは不敬、という発想は、そもそも成り立ちません。


 次に、消印についてですが、実は、前島密(日本の郵便創業の父)が切手を導入することを決意した時、彼は切手の再使用防止の手段として消印を押すということがあることを知りませんでした。それゆえ、彼は薄くて破れやすい紙に印刷すれば、いったん封筒に貼った切手をはがそうとしても、破れて再使用が出来なくなるはずだ、と考えていました。もちろん、郵便創業までの間に、彼は消印という手段があることを知り、日本の郵便は創業時から消印を使っているのですが、そういう有様ですから、最初の切手の発行を企画していた段階では、“ご尊顔”が消印で汚れるという発想は、前島にはなかったはずです。


 いずれにせよ、「舐めたり消印で汚れたりするモノ」と「“ご尊顔”なんて畏れ多い」のふたつが組み合わさるのは、もっと後の時代になってからの考えるのが妥当なようで、日本最初の切手に天皇の肖像が使われなかった理由については、もう少し別の視点からも原因を考えてみないといけないでしょう。


 また、「“ご尊顔”を使わない」ということと、「龍を使うこと」の間にも、もう少し何か事情があったんじゃないか、ということも再検討してみたほうが良いように思っています。


 いずれにせよ、今年の秋に刊行予定の皇室切手には、なんとか、日本最初の切手が龍であった理由について、僕なりの新たな仮説を示してみたいと考えています。そして、現在、その後の時代についての原稿を書き進めつつも、常にこの時代に関する資料を眺めて、いくつかの可能性について調査を進めている状況です。