この世から差別はなくならないと思っています。  でも・・・・・・

 先日、目にした男女平等を題材にした記事の中に、相撲の土俵に女性を上げないのは、男女間は平等・公平であるという考え方に

反すると唱え、まるで日本の社会が女性蔑視の巣窟であるかの如く書かれておりました。

 過去に大相撲を所管する大臣か何かに女性が就任した時、その問題が起こりましたが、その時「土俵に女性を上げないのは、こう

いう理由です」と相撲協会から明確な返答がなく、ただ「伝統ですから」で済ませてしまいました。

 日本は八百万の神々があらゆる物に宿る神々の国であり、男性神も女性神も何の隔たりもなく沢山おられます。

 そして、相撲の土俵にかかわる神様は[山の神]の女性神です。

 遥か彼方の神代の時代、作物や山菜・獣などの食料を司っている神様の[山の神]の機嫌を損ねさせ、食料が無くなり困った民は

[山の神]の機嫌を取るために男どもが山にはいりスッポンポンの裸になり、[山の神]が笑って喜んでくれますように、今でいう

八百長ですが くんずほぐれつを繰り返しました。これが相撲の起源になり、そして、女性神の[山の神]の機嫌を取るためには、

女性を連れて行かない事が伝統となりました。

 この起源から、この頃はあまり聞かなくなりましたが日本では古来より家庭の奥様のことを[山の神]と言うようになりました。

江戸時代に来日したフランス人が母国に紹介した文章の中には、

 ・日本の男は対外的には虚勢を張ってでも気丈に振る舞うが、家に戻ると妻の言うことを聞く。

 ・日本の男は稼いだ給金は妻に渡す。

などと、女性蔑視とは程遠い生活を紹介しており、他国には見られない男女間の暮らしぶりがあると書かれています。ただ、女性蔑視と言いたい人は、それも差別だと指摘するかもしれませんが、男と女には役割分担はあると思います。

 十月十日の妊娠を経て子孫を出産することは、どんなに努力しても男には出来ません。

 今では、女性のボディビルダーもおりますが、それでも筋力の付き方は男性のほうが上です、ですから巷の男は力仕事をします。

それを平等だからといって「今度は俺が編み物するから、君が力仕事をして」等と言う輩は日本にはいないと思います。(特殊な事情がある方を除いてですが)

 結局、男女間に限らず平等や公平はないと思います。日本に限らず差別は実在します。その差別を乗り越えるには、国の法律や条例ではなく、要はいつ・誰が・どんな立場でも相手を思いやる心を持って接することが出来るかどうかだと思います。

 

 そして、その思いやりの心を体現するには、この日本が最適な国柄だという事です。