人生は辛い。

そしてチャンポンは辛い。

それでも人は、なぜか辛いものを食べたり、わざわざ山に登ったりする。

汗が噴き出し、舌がしびれ、時にはお腹が下ることもあるだろう。それでもなお、私たちはその“辛”に手を伸ばしてしまう。

山に登る理由を「そこに山があるから」と言った人がいるように、辛いものを食べる理由もまた「そこに辛さがあるから」なのだろう。

苦しさの中に爽快を、痛みの中に快感を、そして“辛”の中に“幸”の芽を探してしまうのが、人という生き物の不思議さだ。

ゴルゴ松本が語る「辛に一本足すと幸になる」という言葉は、その心の動きをそっと照らしてくれる。

辛い体験に、挑戦や刺激、達成感という一本の出来事が加わると、ただの“辛”が、どこか温度を帯びた“幸せな時間”へと姿を変える。


そして、幸せという字は逆さにしても幸せのままだ。だからなんだ、と言われればそれまでだが、揺るがない形がそこにあることだけは確かだ。

そう思うと、人は今日もまた、小さな辛さという名の山に向かって、静かに歩き出すのだろう。