他人といると、鬱っぽくなって、どうも調子が良くない。

子どもの頃から、そうだ。対人恐怖症なのかも。

従って、友達は少ない。

小学に入った頃、先生が、「友達をたくさん作って・・・」、

いつも違和感を覚えた。私には必要ないかも・・。

 

このエッセイは、2016年10月の作品です。

今から8年前、平成28年の作品です。

 

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至福的おひとり様生活

 

 生まれた時もおひとり様。多分、死ぬ時もおひとり様。そして、生きている間も、おひとり様の時間が多い。でも、寂しいと思った事は一度もない。大勢でいる時の方が孤独を感じる。「今、ひとり暮らしなんですよ」と言うと、ほとんどの人が、「寂しいでしょう」と言う。あいまいな返事はするものの、何とも楽しくて仕様がない。そこで、私の一日を紹介しよう。だいたい朝六時に起きる。冷房は入ってない。家内がいると夜通し入っている。トイレも自由に何回でもいける。家内がいるとちょっと遠慮する。何回でも行くと、「調子悪いの?」と聞いてくる。朝は、子供の頃から何回でも行っているのだ。わがままな朝食の始まりだ。家内がいると、「健康的な・・・」「野菜をとらないと・・・」などとのたまう。健康には興味がない私。料理はしないのに含蓄が多すぎる妻。今日は、卵ご飯にしよう。簡単すぎるが、まぁいいや。食事が済んだら、食器を洗い、洗濯に掃除、フトン干し。時計を見ると、もう十時を過ぎている。家内がいると、こうははかどらない。やっと落ち着いた頃に、冷房のスイッチオン。涼しい気持ちで経理の仕事に取り掛かる。BGMはユーチューブだ。好きな歌手や曲名を検索して、クリックすると、あとはずっと鳴りっ放し。便利な世の中になったもんだ。有線もレコードもCDもなしに好きな音楽にひたれる。十二時になると、昼ご飯の準備。冷蔵庫にある残り物を適当に、ご飯と絡めてピラフだ。さしておいしくはないが、舌鼓をうつ。昼からは、法務局に行ったり、銀行や郵便局などの用事を済ませる。時間があると、喫茶カノンでケーキセットを注文し、本を読んだり、原稿を書いたり、それはそれは至福の時。家に戻ると、レシピを見ながら夕食の準備、料理時間三十分、五分もあれば食べてしまう。それでも、満足。他人は、大勢で食べるとおいしいというが、私の場合、ひとりの方がずっとおいしい。ここから、後片付けが待っているが、この時間になると少々疲れるので、明日に伸ばしても、何の支障もない。さてと、月曜と金曜は卓球に行くのだが、今日は水曜日なので、四畳半のエンターテナーと化する。外に音が漏れないようにして、二時間程、ギターの弾き語りである。曲目は、最近何だか固定化してきた。「傾いた道しるべ」「縦じまのシャツを着て」「シクラメンのかほり」等々。三十数曲を歌いまくる。他人に聞かせるレベルではないが、自己満足にはなる。この他にも、読書だったり、エッセイを書いたり、ネットで囲碁をしたりしていると楽しい楽しい毎日である。家族がいると、このほとんどができない。おひとり様万々歳である。

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この時、65歳こんな生活をしていたっけ、あんまり覚えていない。

いまは、確実に一人暮らし、ライフワークの集大成に向けて、まっしぐらです。

だから、いまもお一人様万歳です。

と、言っても、卓球に行ったり、教会に行ったりで、友達関係でないけれども、

それなりの付き合いはあります。

 

それも亦愉しからずやです。