このエッセイを書いたのは、2011年2月(平成23年)でした。

その頃は、まだ夢の途中で、ひとりひとりが途中の人でした。

それから12年が経過した今、それぞれが自立し、それぞれの道を歩んでいます。

それぞれの夢が叶えられる事を祈るばかりです。

 

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     ハブ農場

 

 大韓航空やアシアナ航空のハブ空港として仁川空港は発展してきました。世界の航空路がこの空港を経由して発着しているのです。自転車の車輪に喩えるならば、その中心が仁川空港であり、スポークの一本一本が航空路にあたります。

 さて、島根県吉賀町のぼやぼや農場もこのハブ的な農場として発展しないのだろうか。これは、最終的な大きな目標なのですが、足元を見ると、まだオープン準備期間なのです。ハブ農場として機能するには、もっとぼやぼや農場の整備を進めなければいけないし、スポーク数も多くしなければなりません。でも、慌てる必要もないし、悲観することもない。整備途上ながらもぼやぼや農場は存在するし、福岡←→吉賀というスポークも厳然としてあるからです。

 今から必要なのは、スポーク数を増やすことです。そこには、思いやりの人達がいて、得がたい情報を共有しつつ、それぞれの思いをお互いで実現していく、そんな小羊の里が現出するのです。ただの観光もよし、ボランティアもよし、田舎暮らしもよし、農業へ従事するのもよし、逃れの町として利用するのもよし、人へ教えるのも教えられるのもよし、自然探索も郷土芸能も習得もよし、それぞれの夢が叶えられるところがぼやぼや農場なのです。

 その歴史の一ページが今開かれようとしているのです。

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思えば、夢の出発は娘の誕生の時でした。

32年前となります。

会社を辞し、先が見えない世界へと進んでいきましたが、

今思うと、良く守られたなぁと思わずにはおられません。

全ては神の御手の中で!