一億総中流時代から、でも中流意識は変わらないようだ。

私の場合は、中流意識は味わいましたが、今は中流意識はなし。

低下層を蠢いているようだ。でも、愉しい日々です。

 

この作品は、2010年8月の作品です。

 

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   格差社会

 

 格差社会は確かに浸透しつつある。二割八割の原則で、その会社の八割の収益を二割の人間が作り出している。そして、その優秀な二割の人間の生活と普通の八割の人間の生活が開いてきているのである。いやいや、今日はそんな難しい話ではなく、格差家族とでも言うのでしょうか。すなわち、六十近いこの私と二十になったばかりの娘の生活の格差が激しくなってきているのである。

 この私ときたら、スーツはもう十年ぐらい買ってない。あるのは礼服一着、それも何だかテカッテきた代物である。ワイシャツもネクタイも五~六年は買ってないだろう。靴は昨年やっと一足買い換えました。普段着もいつ買ったのかは覚えていない。それ程年月を遡らなければならない。時にはお兄ちゃんとのもあいとなる。髪も二ヶ月に一度、千円でカットのみ。それにひきかえ・・・

 娘ときたら、

「友達と千石荘でバイキングを食べてきた」

「吉住と白糸の滝に行って、近くのレストランでオムライスを食べてきた」

「三十、三十一日は、志穂と萩・津和野に行ってくるけん」

「今日は、髪切ってくるけん。モニターやけんカットはただばってん、パーマで二千百円かかるとよ」

「これ、可愛いかろ。安かったけん買ってきた」

「うまそうやったけん、ハーゲンダーツを買ってきた」

 自分の分だけ、この私は「ガリガリ君」で満足しているというのに。

 衣と食では完全に水をあけられている。住も一人暮らしをしたいと宣わっている。

 このままでは、もっと格差が拡がりそうである。我が家の格差現象には、解決策はあるのだろうか。

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どこか行きたい場所はない。

何か食べたいものはない。

やりたいことは、ほとんどお金がかからない。

今は、手作り本の製作に夢中です。

愉しいです!