2022/01/14(金)

 

楽しさは、人それぞれだ、

酒のない人生なんて、何が面白いのだろうって、言われたことがある。

若い時は、それなりに飲んでいた、週に二回は中洲へ繰り出していた。

それなりに楽しんではいたが、お酒が好きなわけではなかった、

今では、全く飲まない。元々晩酌はしなかったから、家では飲まなかったから

好きではないのだろう。

でも、酒はなくても、人生は愉しいし、面白い。

自分だけの楽しみがたくさんあるからだ。ほぼ、一人で楽しめる。

 

今日は、その一つである、誰にも聞かせたくない一人ライブのエッセイである。

2007年の作品です。

 

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癒しは家人のいない間に

 

 肉体的な疲れではない。でも、確かにどこかが疲れており、休みたい。もう、何年もしている仕事だから慣れているはずだが、何だか慣れない。仕事がある日は、その前日から緊張が走る。イメージを膨らませる。明日は何時の式だ。聖歌隊と奏楽者のメンバーを確認。式は、普通式か、ゴスペルバージョンなのか、それともヴァイオリンかフルートのオプションはあるのか、ハンドベルバージョンなのか、それによって式の流れが微妙に違ってくるのだ。そのパターンによってイメージを固めていく。当日の朝は、もっと緊張が高まる。式場へ行きたくなくなる。駐車場へ着く。チャペルの中へ入りたくない。チャペルの前まで行く。ドアを押すのに逡巡する。中へ入る。聖歌隊や奏楽者と挨拶を交わす。リハーサルが始まる。新郎新婦とそのご両親と挨拶を交わす。リハーサルが終わり、参列者が入場してくる。ますます緊張が高まってくる落ち着きがなくなってくるピンマイクを何度も確かめたり、担当者の動きを執拗に追ったり、時には貧乏ゆすりさえしたくなる。担当者から準備オーケーの合図が送られてくる。椅子から立ち上がり、聖壇へと向かう。その時やっと緊張から解放されるのだ。

 でも、家に戻ると解放感はあるものの、やはり疲れている。人には会いたくないし、喋りたくもない。そんな時、家に誰もいないと最高だ。着替えると窓とカーテンをしっかりと閉め、テレビをつけちょっと大き目の音量にする。やおらギターを取り出し、楽譜を前に歌い出す。人には聞かせられないライブが始まる。岡林信康の「山谷ブルース」から始まり、高橋真梨子の「桃色吐息」まで知っている歌を弾き語りで、一時間以上歌いまくる。自己陶酔、自己満足の世界だ。これが一番癒される。家人が早く帰ってこないことを祈りながら。

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興が乗ると、二時間も三時間も歌っている

自宅は、なぜか二重窓になっている、以前住んでいた人がそうしている。

だからといって、外に漏れない訳ではないのだが、テレビの音量を上げると

音も恥も漏れないような気になってくる。

最近は楽譜の入手が簡単だ、家にいながら、すぐに手に入る、ぷりんと楽譜で。

「思い出の九十九里浜」「望郷(山崎ハコ)」「虹色の湖(中村晃子)」

古い歌だが、「望郷」が気に入っている。

 

だから、私はお酒がなくても、愉しいのだ。これ以外にもまだまだある・・・。