今日は長男のお話しを書きたいと思います。

彼はしばらく私の実家へ預ける事になりました。

幸いにも家から徒歩5~6分なので学校など普段と変わりなく登校できました。

でも、寂しさから不安定な時期が2~3ケ月は続きチック症も出てきました。

祖母に八つ当たりをしたかと思えば、学校では泣く場面が増えたり・・・そしてデイサービスへ行くのを拒否し始めたのです。

大学病院での告知と同時に「残された兄弟へのケアやフォローなど優先的に考えて下さい」とアドバイスをされてました。

大抵は入院した子供にどうしてもお世話をしがちになるので、残された兄弟はそれを見て「愛情の差別」と捉えストレスから病気になったり、非行に走る子もいるそうです。

長男はチック症が出てきたので病棟内に居た同じ境遇のママさん達に相談すると、円形脱毛症や過食で肥満になった子がいました。

担当ナースさんにも相談すると、お手紙の交換をしてみては?とアドバイスされました。

私自身が「お手紙くらいで落ち着くのかしら?しかも長男は作文とか苦手だし・・・」と乗り気ではなかったのですが実行してみました。

すると意外にもすぐに効果が出ました!!手紙でのコミュニケーションと今の生活リズムにも慣れてきたのか少しずつ落ち着いてきました。

その頃は長女がまだ歩けるほど体力が回復していなかったので、私だけ病棟から出て隣にあるデイルームでの面会でした。

ある日、お手紙の他に渡したい物があると言うので見せてもらうと・・・デイサービスで制作したアクセサリービーズでした♪♪

「来週のお見舞いの時なら歩けてると思うから直接渡したら?」と言ったら「今度来た時に腕にビーズをしてるのを見せて」と帰ってしまいました。

この時点で入院してから2ヶ月以上は経っていたのに兄妹の面会は果たせていませんでした。

病室へ戻りビーズを長女に見せると「わぁぁぁぁ!!可愛い♪♪(*^。^*)」と起きている時間はずっとつけていました。

病棟内のナースやお友達に「誰から貰ったの?」と聞かれて「お兄ちゃんだよ~♪」と」応えると大抵の人が「えっ???お姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃん???」と驚かれました(笑)

1週間後、予定どおり念願の兄妹での面会を果たせました!!!

免疫が無い子がほとんどの小児科では感染防止の為、入口から5~6㍍の離れた距離での面会となります。

初めは緊張していましたが、ビーズを見せると長男も満足気に「似合ってて可愛いよ♪」とサラッと声をかけてくれました。

長女も久々にお兄ちゃんの姿を見て、その日から積極的に病棟内の散歩をする様になりました。

そんな事があってから1週間も経たないうちに初めての外泊許可が下りました!!

3泊4日の貴重な外泊期間でした。

1~2日間は仲良くしていた兄妹も3日目になると以前の様に喧嘩が始まりました(汗)

そしていよいよ病院へ戻る日は月曜日だったのですが、登校する30分前から長男の様子が暗くなり、泣きはじめました。

「またしばらく会えないんでしょ?」と2階の部屋に閉じこもってしまったのです。

なので病院の受付をして病棟でお別れしてから学校へ行くと約束してもらいました。

その日をきっかけに、長男は気持ちを切り替えてお別れもスムーズに出来る様になりました。

これで一安心かな・・・と思いきや何故かデイサービスだけは徐々に拒否反応が強くなってきました。

長文になったので後日、続きを書きますm(__)m





お久しぶりです!!!(●^o^●)


ブログを書く時間やら気力が無い日々が続いていたのですが、

最近になってやっと、ピグライフなどゲームをする時間ができました。


最後のブログを読み返すと・・・じっくり、ゆっくり考える時間がなく

とにかく突っ走っていたんだな・・・と他人事の様に思えました。


それくらい1年前とは状況が変りました。



結論からお話しします。


それは忘れもしない去年の11月21日



長女は重篤な病気を発症しました。



それは・・・・・・



「小児急性リンパ性白血病」



その疑いで大学病院へと急患で入院しました。


「発達障害」に続く、人生2度目の告知に落胆しました。



入院する2週間前に、発達クリニックの主治医の先生から

「○○ちゃんは幼稚園とデイサービスでの環境も整って落ち着いているし、
 このまま伸びれば小学校は通常級でいけるかも(*^_^*)療育手帳は返還だね!!」


と、希望に満ちあふれていた矢先の出来事だったのです。



悲しむ暇もなく、入院してすぐにあらゆる検査をほとんど受けました。(MRI以外)


「骨髄窃刺」と言って骨盤のあたりに注射を打って骨髄液を採取する検査は痛みで


泣き叫ぶ声が処置室から漏れて聞こえてきました。


検査はお昼頃に行われて、結果は夜の19時半頃でした。


大学の主治医の先生からの告知で病名が確定しました。



その時はなにも言われなかったのですが、骨盤あたりに転移で腫瘍ができていた様です。


数ヵ月後の検査でそれが消えていたので「もう大丈夫!!」と後出しで言われました(汗)


病名が重いだけに、保護者さんの反応も様々なので告知の時は不安な要素全部は伝えず、


必要な事項だけを伝えるんだな・・・と感じました。


それからは隠さないで全部伝えてくれた方がいいと主治医の先生にお願いしました。


「落ち込みやすい人には言葉を選びますが、○○さんなら大丈夫そうだから今度からは


お伝えする様にしますね!!」とおっしゃって下さいました。



去年の11月から入院→外泊→入院と続いていましたが7月中旬にやっと2ヵ月半の一時退院ができました!!


入院期間2~3か月→外泊3泊4日だったので家に戻れる日数が貴重でした(汗)


病室はプライバシーや自由が半分無い様な空間でしたので今回の退院は


普通の生活を過ごせる事はとーーーっても幸せだと感じる事が出来ました(#^.^#)



2週間後には最後の入院治療があるので、その間にまたブログをアップできたら・・・

と思います(*^^)v
祖父の言葉に耐えながらその後、

子供たちが通うデイサービスの施設長さんに

愚痴を聞いてもらう為、会いに行ってきました。


私】「お忙しいところスミマセン!!また祖父に言われて凹んでます・・・」

施】「また、あのおじいちゃんったら・・・言い始めたのね、ふふっ(笑)
   でもさ、その言葉の中にはおじいちゃんの孫への愛があるからこそなの。
   辛いだろうけどそれを受け止めてあげて。
   そしてもう少し待っててね。って言うしかないのよ。」

私】「言ってくるタイミングがいつもおかしいんですよ、祖父って!!
   長男の入学式に行く直前、長女の入園式に行く直前、習い事に行く直前、
   そして今日は長女の参観日だって知ってて、ですよ・・・」

施】「それ、おじいちゃんらしいね(笑)」(←アスぺってわかってるのでw)

施】「まずは○○君に支援級のままがいいのか、
   皆と一緒に普通級に行きたいか、
   本人に聞いてごらんなさい。
   個人的な意見としては、もう少し落ち着いたら普通級に行けるはずよ♪」

私】「そうでしょうか??私は担任の先生と何度かその事で話しあっていますが、
   親子でかなりの努力をしても特に国語の勉強に追いつくのは
   至難の業だと感じています・・・」

施】「今の○○君を見ていると本当に息子に良く似ているのよw
   本人の得意な事を早く見つけてあげて、そこを伸ばしてあげましょう。
   自分から勉強や宿題をさせる習慣とか、
   テクニックならうちが教えてあげるから、なんぼでも聞いて♪
   我が家の長男はそれで一流企業に勤める事が出来たんだからw」

私】「働いて、家事もして、これ以上に勉強も見れるか不安ですよ(汗)
   私なりに工夫もしていますが、そろそろキャパオーバーしそうです・・・
   施設長さんの長男さんの様には皆、就職できれば苦労しませんよ!!」

施設長さんの長男さんはうちの長男と同じタイプの自閉症の様です。

でも現在は就職し、エリートとして成功の道を歩んでいます。


「エリート、成功の道」って普通の子でもなかなか人生歩めませんよね。

選択肢の幅を広げて子供の可能性を信じてあげる事が出来る

そんな理想的な親ってなかなかいません。

もちろん私にそんな大きな器は、まったく持ち合わせておりませんw


いつも長男には

「パパやママはずっと側にはいれない、いつかは死んでお別れする日が来るんだよ」

と宿題や歯磨きで愚図った時によく言いますw

「今、自分で出来ないと将来困るのは自分だよ!!
 お仕事が決まって給料を貰える様になったら一人で暮らすんだよ」

と言い続けています。

勉強うんぬんより、いつも将来の事をイメージさせて自立出来る様に育てています。



また後日、相談の予約をして長女の参観日に行ってきました。


その後も色々と問題やらアクシデントの発生はありましたが、

いつもの事ですw

少し、私の気持ちが落ち着きました。











 
今日の朝から祖父に、

長男の「支援級在籍が納得できない」と掘り返されてしまいました。(時々あります)

2年生に進級してから仲の良い友達に

「○○は支援級だから・・・」

と言われる場面が多くなってきたからです。


私は普段パートの仕事で、祖父の家に預かってもらう機会が多い為

側で孫がその様な扱いや言われをされるのが嫌なのでしょうね。


「今からぬるい環境で過保護に育てて、将来グレても知らんぞ!!」

と言われました・・・。


「違う!!逆だよ!!支援級でも苦労はしてるし、

出来る様に指導してくれてるから課題をクリアしてる様に見えてるだけ!!

通常級なら出来ない事の積み重ねでそれこそ将来グレる事になるんだよ!!」


「いや、違う!!このまま中学も支援級ならもう面倒は見れないからな!!」


我が家は主人の給料だけでは少し足りず、私のパートの給料は必須です。

突然、残業もよくあるので祖父の助けも必須です。


「○○と同じ子供は通常級で頑張れてるじゃないか!!

支援級を選択するなんてお前の頭はどうかしてる!!」

その言葉を言われる度に涙が出ます。(さっきも言われました)


私は頭がおかしいのでしょうか?

悩んで悩んで・・・

落ちるところまで気持ちは落ちて・・・


でも長男の生きやすさを、将来を考えて・・・

苦渋の選択だったのですよ。


今は気持ちがブレそうです。

独り言でした。


幼稚園の脱走なんて他の保護者さんに知れたら、


セキュリティの事やら、保育管理の事やら、


信頼と安全が揺らぐ大問題です叫び



ですが、動揺していた私は親友のママさん数人に話してしまいました。


幸いにもそんな噂は流れずに済みましたがあせる



役員の仕事を終えて、すぐさまパソコンで


「教育相談 幼稚園」と検索し、


生まれて初めて聞く言葉を目にしました。



      「発達障害」



の文字を見た瞬間でした!!!!


ひょっとして先生たちは、これを疑われていたの!?



もし、そうだったとしたら・・・


調べると、息子の行動に当てはまる項目が沢山ありましたメモ


夜、帰宅した旦那に即、相談しましたひらめき電球



「もし、そうなら来年の入学に向けて、


普通級か支援級かの相談をメインに動かないと・・・」


旦那は前職で「障害者支援施設」で働いた経験があり、


付き合っていた頃に1度だけそこのお祭りの行事に、私も参加した事がありました。


そこには軽度~重度までの様々な障害を持った自閉症やダウン症の方もいました。


なので「障害」に関して、旦那には知識がありました。


でも自分の息子が「障害」となると、仕事の頃と違い、


冷静に判断できない事もあり、夫婦喧嘩が絶えなくなりました。



知識があっても頼れない旦那に、私は同じ境遇のママさん達のブログを毎日、睡眠時間を削って見ていました。


旦那に「そんなの見たって障害が治るわけじゃない、見るのを止めろ!!


「だってどこに何を相談したらいいのか、パパは何も教えてくれないじゃない!?ブログのママさん達の経験談は今の私には心の支えになってるのキラキラ



まずは発達検査の為に色んな機関に予約を入れる事にしました。


児童相談所と児童発達クリニックの予約は3ヶ月~半年待ちと言われました。


「ブログにも書いてあったけど、予約に半年待ちはどこも当たり前なのねダウン


でも就学前と言う事で優先的にキャンセル待ちにしてもらう事ができ、


2ヶ月以内に検査する事ができました。


市の教育委員会での教育相談も本当は3~4ヵ月先だったのを優先してくれました。


その間に小学校の支援級の見学に2~3回行って相談しました。


それに、私はパートで働く準備もしていました。



「障害を受け入れる・受け入れない」なんて考える時間はなく、


ただひたすら忙しい時間に追われていました。


2~3ヶ月の間に一気に事態が動き、私は身体的にも精神的にも


疲労がピークに達していました。


パソコンがまだ普及していなかった頃のお母さん達はもっと大変だったろうな汗


今なら、情報共有もでき、支援方法も色々と勉強できる本キラキラ


と思うと、自分はまだ恵まれた環境にいると思えるので


また頑張る事ができましたニコニコ