こんにちは、ゆなつです!
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いま現在、離婚するか?しないか?と
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それでは続きをどうぞお読みください

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私の人生3度目の海外旅行
2016年10月30日〜12月19日まで約2ヶ月間


【この間、よく娘ふたりを日本において行かれたものだ】


こんな声がどこからか聞こえるのは、自分自身から?それとも自分の両親から?


人は何かを新しい事やろうとした時、
または、
やった事のない事に挑戦しようと思った時、


よし!やってみよう!という自分と、

本当にそんな事できるのか?という自分が


いるのではないだろうか?


それって何のためにやるの?
やって失敗したらどうするの?
そんな事やって意味があるの?


そんな言葉を投げかけながら、自分自身の中で戦いながら、この頃は過ごしていたように思う


これは誰に対しての罪悪感なのだろうか?


*長女を不登校にしたのは、私のせい?

*次女まで不登校になってしまったのも私のせい?

*離婚の決断が遅かったからかな?

*連れ子再婚なんて親に反対されてたのに、無理やり結婚したから

*親の言うとおりにしなかったから離婚した

*子ども達を不幸にしてしまった

*あんな夫を選んだ私のせい?


こんな思いにずっと苦しんできたし、何か問題が起きると、『ほらやっぱりね』という自分がいた


それを私に言い続けてきたのは、私の母親


何をするにも先回りして心配され、いつしか自分の決断に自信が持てなくなった


常に自信が持てなくて、自問自答


自分の決断で上手くいけば良いのだが、上手くいかないと途端に罪悪感に苛まれる


この罪悪感を自分から無くすには、自己受容しかないとカウンセラーから言われた


現在は、何が起きても、そのまま受け入れるという事ができるようになったとは思うが、


それまでは、何度も罪悪感を感じてしまい、やっぱりダメだと引き戻されてしまう


引き戻される原因のひとつに、両親との関係があるのだとおもう


20歳の時に、アメリカ旅行に行くことを了承してくれたような母親だが、放任主義のようで、実はそうでもない


かなりの心配症でかなりの過干渉だ


結婚した時には、母親と離れたから良かったのだが、

離婚して両親と同居することになり、前よりもひどくなった


母は私が離婚したことが可哀想だと思っていたようで、さらに心配症がひどくなったのだろう


親に心配される事で、こんなに心配をかけてしまうなんてダメな私…そんなふうに思っていたのだと思う


自分に対してOKが出せなかった、こんな自分ではダメだと思っていた


それは私の気持ちの奥底にある罪悪感、いつも自信のない自分をどんどん大きくさせていった


カウンセラーから言われ続けた、【精神的自立を目指して】とは、


子どもからの精神的自立の事もそうだったのだが、

その前にやらなければならないのは、自分が両親から精神的自立をする事だった


それは親の期待を裏切ること…


私は小学校の時に両親が自営業で忙しく、学校で何か問題があっても泣き言は言わなかったし、


高校受験の時も全て一人で志望校を決めたし


高校を卒業して、専門学校も、就職先も、親が安心するコースを歩んできた


5つ上の兄が高校へ行かずにいたし、8つ上の兄は大学を中退したから、

そんな二人の兄を見て、私はきちんと学校を卒業して、

きちんと就職する人になる事が、親の希望だと思っていたし、期待もしてくれていた


そんな親からしたら、子ども(孫)が不登校、ひきこもりだなんて、想像を絶する事だった


不登校、ひきこもりなんて親の期待を裏切る行為だものね?私の母親はそう思っていただろう


どんなに私が娘たち対して、『そのままのあなた達で大丈夫だよ!』と受け入れようとしても


側にいる私の母親がそれをかき消してしまう


次女が不登校の時に、学校に行く行かないは、本人に決めさせようと私が思っていても


母が先回りして、『学校に休むって言う?言わない?』などと聞いてきたり


長女の一人暮らしも、『19歳でそんな事をさせて平気なの?』と意見をしてきたり、


自分の心配のあまり、私を含めた子ども達の自立心を潰していた


母親のこの言葉は、せっかく自己受容をしようとしていた自分にとって、また罪悪感を感じさせる言葉なのだ


カウンセラーにも、両親からの精神的自立をするための心構えやワークをずっと言われていたが、


実はなかなか行動や実行に移すことができなかった


親の期待に応えなければならない
それをしない事への罪悪感から抜け出せない


ようやくここから脱する決心をしたのが、この長い旅から帰ってきた時だった


親がいない間に、長女は一人暮らしを解消して自宅へ戻ってきていた


母親にとっては、この状況も私に罪悪感を与える材料のようにこう言った


『ほら、やっぱりね、19歳で一人暮らしなんて無理だったのよ』


この言葉を聞いて、私は今度こそ自分の母親に思いを伝えることを決めた


私は、今回2ヶ月近く家を空ける際に、次女の行ってる学園にも報告していたし、


元夫にも、義理息子にも
『私が海外に行ってる時に何かあったら助けてやって』と伝えていた


万全として海外に行ったつもりだし、両親には何も心配をかけていないつもりだった


それでも、あれこれ言ってくる母親に、


『お母さんは、私のためでもなく、孫のためでもなく、自分のために心配だと言ってるんだよね?』


『心配すると言うのは、言い換えれば、相手を信頼していないという事と同じ事なのよ』


『私は今回長女を信頼していたし、何かあれば父親に頼みなさいと言っていたとおり、長女は自分でちゃんとそうしたよ』


『一人暮らしを解消して戻ってきたからといっても、それは失敗ではなく経験だと思ってる』


『お母さんが言う、ほらやっぱりねという言葉は相手を信頼してないから出る言葉だよ』


『私は子どもの頃から、この48歳になった今でも母親から信頼されてないんだなぁと感じるよ』


『私はお母さんのようには言わないよ、娘がどんな選択をしても受け止めるし、失敗したら、またやり直せばいいと思ってるよ』


『お母さん、私はもう大人だから、心配しなくて良いよ、

ましてや孫の心配までしたところで、孫が大人になるまでお母さんが責任取れないでしょ?』


『お母さん、私たちの心配をしてくれるなら、自分の健康を心配して?そしてもっと楽しんで』


今まで心の中でずっと思っていた事、でも言ったら悲しませると思っていた事、その思いを、すべてを伝えた


すでに80歳になろうとしている母に、この話をしてもすべてを理解することは出来ない


何度となく、その場面場面で、心配するのはお母さんの問題で、私や長女の問題ではないよと伝えている


80年も使ってきた過干渉というものは、無意識にやっていることで、母を変える事はこの先も出来ない


ただ、自分が変わる事、そして、それを相手に伝え続けること、それが大切なのだ


そして、自分が自分を信じてあげること


私は、両親の【子どもを心配する】という呪縛から両親を解放してあげたと思っている


親にも親の人生を楽しむ権利がある


これこそが親孝行ではないだろうかと思っている

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