なんか、読んでくれている人には
申し訳ないと思いつつも、
今、感じた事を書こうと思う。
土曜の明け方、母親が亡くなった。
この事は前回に書きましたので
割愛させて頂く。
しかし、人が亡くなり骨壷にはいるまで、4日。日にちで考えるとあっという間だったがその時間はとても長く感じた。
母親が自宅に帰り、僕たちは悲しむ
時間など無かった。
何故なら、本来喪主になるはずの
親父は脳梗塞になっており、痴呆の為歩く事はおろか話す事も意思さえ伝える事も難しく残された家族すなわち兄弟だけでやらなければならない。
幸い三人兄弟の為ある程度分担ができる。兄は葬儀段取りを決め、弟は部屋の整理、自分は親族や生前お世話になった方々への連絡をした。
ご近所の方々がみえ、お団子の準備などをして頂き翌日はゆかんしきなるものをし、最後に身体を洗い綺麗にして頂いた。
その翌日はお通夜のために家から送る為の準備、そしてお通夜。
その翌日は、告別式
悲しむ暇などないとは言ってはいたが故人の棺桶に花を入れるときと火葬場で最後に顔を見た時は、さすがに涙ぐんでしまった。
もちろん骨壷にいれたときは、もう姿が無い訳だから何も言えなくなった。
実家に戻ってから病院への支払区役所への届け出などがあるわけだが区役所は遅くまではやっていない訳で
とりあえず死亡届けは葬儀屋が代理でやっていて頂いていたのだが
まだ処理がされていなかったらしく、
区役所の人に「いつ、処理するの?
」て聞くと「明日には、」と言われて
自分は「それでは無理だな後何十分で出来る?」と聞くと「それでわ30分ごには」と言われやれば出来るんだろと思いつつもその日は区役所には、行かなかったのだが…
その日の夜に親父の病院へいき母の葬儀で使われていた写真をを見せたが、
写真に興味を示すが実際の所、
親父に伝わったかは定かでない。
この数日、いろいろな人からのありがたみをしる数日だった。
区役所の人には申し訳なかったが。
全ての人に感謝。
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昨日の4時に母親が亡くなったとの知らせを受けた。しょぼん
私が金曜日の20時半に病院へ行き帰ったのが22時だったので
6時間余りが過ぎた辺りに息をひきとった訳だ。
弟から、4時頃に
「母親が息をひきとったから今から来て」
しかしながら電車の始発は
5時からなので、急ぐ気持ちを抑えて
仕度をし始発で向かう
場所は、足立区
一時間半かかる
北千住からつくばエキスプレスで青井
まで一駅
運よくタクシーをつかまえ
病院へ
病院につき
霊安室へ行くも誰もいないようだった
昨日までいた病室へいくと
看護師のかたから
「◯◯さんの息子さんですか?
先程、自宅へお戻りになりましたよ。
4時でした。おくやみ申し上げます」
看護師さんにお礼をいい
母親の元へ
マンションへいくと、入り口にワゴン車が一台止まっており、そこから運ばれたようだ、
家にいくと葬儀屋が準備をしており
自分は、母親の顔を見
その後、兄貴と弟から話を聞き
そこから弟は部屋の整理
兄貴は葬儀屋との話し合い
自分は親族、生前母親と仲良くして頂いた方への連絡をした。
ご近所さんで母親と仲良くして頂いた
方がみえ、いろいろと教えてもらい、
自分達が教えてもらえなかった事まで
教えてもらった。
お昼すぎに
一旦、会社にいき夕方まで仕事と
今回の件の報告書をだし、
練馬の家へ車をおき、
吉祥寺で礼服を新調し
22時の電車で足立区へむかった。



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実は転職だけではなく
大きな問題があり、
自分自信との葛藤がある。

それは、両親の問題。

父親は脳梗塞
母親は肝硬変
そのような状況であり
今後(というか以前もなのだが)
お金が必要になってくる訳で、
なので、
転職しようと考えた。
本当に一か八かの賭だった。
結果、失業しないままの転職ができた訳だが。

九月の末に兄貴から、母親の容体が
よろしくないとの連絡を受けて
有給休暇期間だった為駆けつける事が
出来た。
十月に入り、自分は新しい会社で
新たなスタートを切り、自分は
この会社で稼ぎ勝たなければならない
と決めて入社した。
しかし、
今日兄貴から
「母親が危篤」
の知らせが入った。
正直、悩んだ
仕事の途中だ
入って間も無いのに
仕事を放棄し
母親の元へ行くべきか?
悔しくて涙がでてきた。
支店長に報告し
指示を仰いだ。
当然だが、今すぐ病院へ行けと

指示に従い、自分は退社し車を
一旦、自分のマンションまで走らせた
急ぐ気持ちを抑えて…
母親のいる病院は足立区
自分の住んでいる場所は練馬区
電車、バスを乗り継いでバス停から歩き、二時間。
20時に病院へ着く。
先に来ていた兄貴に現状を聞く。
現在、脈拍を上げる薬を投与している
呼吸するのが難しいらしく
呼吸マスクを付けている。
脈拍が60を切ったら危ないとの事。
兄貴が席を外した二時間程
意識のない母親に
自分が来たことを伝え
新しい会社で頑張ろうとしている
という事。
いろいろ心配をかけてごめん
という事。
を伝えた
しかしながら、母親は答えてはくれない。
母親の虚ろな顔を見て
自然と涙がこぼれてきた。
兄貴が戻り
自分は、後ろ髪をひかれる想いで
病院を後にした。

おそらく、後数日ではとの事。
親の死に目に会えなくとも、
勝つためには、
仕事を取らなければならないのか?
自分自信との葛藤がいまでも。

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