ご訪問有難うございます。78歳の一人暮らしの爺さんはたっぷりある予定の無い時間を使って初期の仏教を習うようにしています。その中で「食べる瞑想」があります。それに絡んだことです。ネットを見ていたら「玄米を電子レンジとドンブリで炊ける」を見つける。炊飯器の無い爺さんには試すのにリスクが全くない。焦げ付くこともなく、しくじり様がないそうです。早速スーパーで玄米を買って試し中です。玄米ですからか歯ごたえがあり、あごの運動に最高です。加え白米では感じることがないお米の栄養感じるような気がします。さらに「噛む、食べる瞑想」繋がる。

健康で経済的で瞑想に繋がり炊き方の工夫が楽しみです。

 

写真は8月29日地下鉄一社駅から平和公園を通って覚王山日泰寺までの途中のものです。

無縁塚・平和堂・虹の塔・アクワタワー・動物愛護センター・

ご訪問有難うございます。78歳の一人暮らしの爺さんはたっぷりある予定の無い時間を使って初期の仏教を習うようにしています。その中で「食べる瞑想」があります。それに絡んだことです。ネットを見ていたら「玄米を電子レンジとドンブリで炊ける」を見つける。炊飯器の無い爺さんには試すのにリスクが全くない。焦げ付くこともなく、しくじり様がないそうです。早速スーパーで玄米を買って試し中です。玄米ですからか歯ごたえがあり、あごの運動に最高です。加え白米では感じることがないお米の栄養感じるような気がします。さらに「噛む、食べる瞑想」繋がる。

健康で経済的で瞑想に繋がり炊き方の工夫が楽しみです。

 

写真は8月29日地下鉄一社駅から平和公園を通って覚王山日泰寺までの途中のものです。

無縁塚・平和堂・虹の塔・アクワタタワー・動物愛護センター・日泰寺境内案内図

 

 

 

 

 

 

 

7月17日深田萌絵・名古屋講演『IT戦争は終盤へ。

どうなる自動車産業の未来!?』から学ぶ

 

世界中が、日本中がざわついています。ロシアのウクライナ侵攻、安倍元首相の銃撃でお亡くなりになりました。

その原因を爺さんなりに考えました。「自国民・他国民の生命財産を守るのが政治・企業・事業者の役目です。それを離れて政治、企業・事業家、デープステート(DS)が今、現在の平和・幸福と安穏を求めずに過去と未来に囚われて活動する。政治家は利権の確保と体制の維持を目論みと、企業・事業家・DSは利益確保のための世界戦略が合わさって今現在の世界が動いていく。これを支えるためのプロパガンダ(敵の敵が敵だったと後になって気付く、2枚舌とあとで気付く、騙されたと後で気付くことになる)が政権側、体制側・DS・グローバル企業で行われている。それに気づかず、国民が操られ私共の生命財産を脅かす世界に知らぬ間に取り込まれているのです(世界で一年間に生み出された富の82%が1%の人に集中している2021/1/28朝日デジタル)。ある講演会(ITビジネスアナリスト)では今の日本は危機的な状況で蟻地獄の入ってしまい這い出すことに気付いて頑張れば少しは可能性があるが、ほぼ蟻地獄様の意のままになっている。国民一人一人がそのことに気付いて行動すると蟻地獄から抜けられそうと言った瀬戸際にあるそうです。私共一人一人が自国民を護り、相手国があって自国が成り立っていると認識し、その相手国民の生命財産も守り平和と幸福と安穏が叶う、と学んで行動する。蟻地獄様の属国・奴隷国にならないように頑張りましょうと訴えていると爺さんは感じた講演でした。

 

※その理由は以下の通りです。「定年後の予定の無い時間を使ってお釈迦様の教えを学ぶようにしています。理由は生まれた実家が親鸞さんの浄土真宗であったからです。そのことから時々SNSに投稿します。それに対して熱心な方はご自身の学ばれたことを色々とアドバイスしてくださいます。爺さんにはとても理解できないことの多いことと、その熱心さに驚きます。一方お釈迦さまのお弟子さんの中に「チューラパンダカ」と言う方がいます。大変物覚えが悪かったそうです。4行程の「偈」を4か月かかっても覚えられない。見かねた兄が還俗をと追い出す。そのことを知ったお釈迦様は呼び戻し「白い生地を持たせ(汚れを無くす)と念じながらもむように諭す」その結果「大阿羅漢」に悟ったという様なことを思い出します。

さらに、お釈迦のお話に「素直で熱心であればだれでも悟れる」とお仰っています。この素直とは何でしょうか、熱心とは何でしょうかここの理解が問題なのです。

例えば日常生活の中で「死」と言う言葉を避けるのが普通一般でしょう。誰も違うと言いません、爺さんも気にしません。でも、死は避けられないことを基本にしないで生きることは全て妄想です。妄想は制限なくできます。それを以って政治、経済、宗教、信仰の自由と言っているのです。でも亡くならない身体は有史以来存在したことが無いのですと素直に受け入れる、このことを指して「素直」と言うと、爺さんの理解です。もちろん「変化しない」ものもありません。それに道徳(他を殺さない、与えられていないものを取らない、嘘を言わない等)今現在に気付いて生きる、があります。この四つを心にとどめ「こころの観察を続けていくと」自然に悟りの世界に達していくと爺さんの理解です。

それを今どきの言葉で表すと誰もが否定できないことを重ねていくと至る境地を「涅槃・悟り・解脱・智慧」と言う言葉を使って表しているのです。私共、自国民、他国民の生命財産を守り平和と幸福と安穏に繋がって行きます。

そして、今日この頃のざわついた心の支えにもなっていくのです。

「ご自身がお幸せで、ご自身の親しい方々がお幸せで、周りの皆が幸せで」あり,そのことを各自の日々の中で実行していく、実行している人を支えていく暮らしが平和で幸福で安穏な暮らしをもたらすのです。真理です。と爺さんの理解です。ご拝読有難うございます。

三宝のご加護がありますように

いきとし生けるものが幸せでありますように」

 

 

 

 

 

 

 

 

皆様方お元気でお過ごしだったでしょうか?久しぶりの投稿です。初期の仏教には実践(ヴィパッサナー瞑想)があります。その集中で疎かになりました。お詫びいたします。

 

さて、生れた実家が親鸞さんの浄土真宗でした。特に気にすることもなくそのまま過ごしていましたが定年後パート仕事もお役目ごめん。78歳の独居老人です。その予定の無い時間を使って初期の仏教を学ぶ。

親鸞さんの浄土真宗で色んな意見が生じる「悪人正機」を例えに私の考えです。まず、「悪人正機」を俗世間的な例えにします。世の中に「馬鹿」はいないのです。自分が「馬鹿」と気付いた人は「馬鹿」の意味の内容に気付いているので馬鹿では無いのです。馬鹿の意味の内容に気付かない人は自身が「馬鹿」と気付きようがないので馬鹿との認識がないのです。その人を指して「善人」と言っているのです。これを親鸞さんは「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」と現わされたのです。つまり馬鹿と気付いていない我々もすくわれ、馬鹿と気付いている人は更に救われやすいとの爺さんの理解です。

 

 これを初期の仏教的な捉え方をしていきます。人は生まれた環境に、そして今より前の行いの影響を受けながら生活しています。極端な例えで言えばオオカミに育てられた子供は遠吠えをする様になるのです。つまり「悪人」と言う言葉は皆同じですがその悪人の中身は一人一人育った環境によって違うのです。中身が人それぞれに違えば真理ではないのです。つまり言葉での表現になっているのです。つまり聞いた人毎に異なった理解が生じているのです。だから(分かっているけどやめられない)状態になるのです。

この異なった理解が同じ理解とならざるを得ない教えが初期の仏教です。

 つまり誰もが否定できないことを積み重ねることで至ることが出来る境地を「涅槃・悟り・解脱」と言う言葉で表しているのです。誰でもが実行でき理解できる教えなのです。そして、それをご自身でご確認する方法が「ブッダの呼吸瞑想、ヴィバッサナー瞑想」と言うのです。お釈迦様の教えを理解して、それを実践して、実践した結果が全員同じであれば真理なのです。

今は、その方法を学べる時代でもあるのです。