ある人の動画を見ていたら、ふと思い出した。
遥か昔に言われたこと。
「悲劇のヒロイン気取るな」
むかついてきたので、良い機会だしアウトプットして手放そうと思う。
当時はまだまだ子どもで、相手の気持ちを理解するのにぜんぜん経験値が足りていなかった頃だ。
その子は、気を病むと自分の身体を傷付けるタイプだった。
その子とは仲良くさせてもらっていた。
以前より「悲劇のヒロイン気取るやつが嫌い」と聞いていて、へぇと他人事の様に感じていた。
それがある日。
自傷行為や自殺というものにかなり否定的だった自分は、自傷行為をしたというその子の報告に、やめなよと苦言を呈した。
すると、それが気に食わないようで「悲劇のヒロイン気取るなっつったよね」と、怒ってしまった。
自分的には、ただ心配しただけで、そんなつもりなかったんだが。
それをきっかけに、その子とは縁を切った。
あれからだいぶ月日を経たが、今まで時々ふと思い出す度にむかついていた。
しかし今は、若輩なりに経験を積み、ネットを通じていろんな価値観に触れるようになり、考え方も変わった。
そんな今の自分がその記憶を思い出した。
手放すチャンス到来!
なぜ、心配して自傷行為をやめろと言ったら、悲劇のヒロイン気取っているとみられてしまったのか。
…………あ、ヒロインってヒーローを心配するものだな。
たしかに、アニメなんかで危険を顧みず何かに立ち向かおうとするヒーローに対し、危険だと引き止めるヒロインがいる。それを観ると、お節介に感じてイラつくときがある。好きにさせろと、信じて見送ってやれと。
余談だが、世話を焼きたがる幼なじみの女キャラとか正直好きじゃない←
つまりだ。悲劇のヒロインというワードは、分かりやすく一言に収めただけで、特別な意味はない。
ただその苦言がお節介でウザくて、理解されてないと感じた。
その子の言う悲劇のヒロイン=理解をしてくれない人。その条件に当てはまることをいわれたから、あの時怒ったんだ。
なるほど…。
今ならよく理解出来る。
その行為の根底にはあるものも考えずに、心配という名の自分の価値観を押し付けてたんだなぁ…。
自傷行為や自殺に否定的だった。
だが今は、生きるも死ぬも、そいつの勝手にすればいいと思っている。
その人の人生だ、好きにやれ。
振り返ってみると「悲劇のヒロイン気取るな」と言われたあの記憶は、一概に嫌な感情だけを残したわけではなかった。
それがあったから、同じような子に対する接し方を気を付けられた。気を付けられたから、同じような子の心に正しく寄り添うことが出来た。価値観を押し付けてただけの自分の行いに気付けた。
嫌な経験も悪くないものだな。
こうしてアウトプットしながら考えを深めていくと、すっきりとまではいかないが、少し大きめのゴミひとつ片付けられたような、ささやかだが良い気分になった。
もし、思い出しても蓋をしてしまうような記憶があるなら、少しの勇気を持って向き合ってみるといい。
無理に大きなトラウマと向き合えとは言わない。
些細だけど、なんか毎回むかつく記憶とか、落ち込む記憶とか。
もしかしたら、解放されるかもしれない。