「あの白く乾いた季節」-27 | アジアの季節風

アジアの季節風

アジアの片隅から垣間見える日本や中国、あるいはタイを気負うことなく淡々と語る

       3 朝の光


 眩しいほどの強烈な光によって私は目がさめた。どうも朝日のようだ。光はその部屋のかなり低い窓から私が寝ている顔に直接当たっているようだ。


 〈ここは一体どこだ?少なくても俺の部屋ではない〉私は二日酔いの頭を必死に作動させてそう考えた。


 目をうっすら開けてみると、床すれすれの低い所に小さな窓があり、その窓にはカーテンはなく、屋根裏部屋のように屋根の傾斜に合わせて天井が貼られている。


 そこから朝日が入り込んできているようだ。その窓の横で誰か見知らぬ男が、机に向かって向こうむきに座って何か書き物をしている。逆光になっているので男の顔が良く見えない。

 
 《えーっ!誰だ、あいつは?》いくら考えても自分が何故ここにいるのか、あそこにいる男は誰なのかを思い出せない。確かなことは昨夜私はひどく酔っ払っていたということだけだった。


「やあ、目がさめたかい」私のわずかな動きで気配を感じたのかその男が振り向いた。


 朝日を避けて良く見ると歳は私と同じくらいで、肩まで伸びた長髪を真ん中で分けた彫りの深いハンサムな顔立ちの男だった。その顔を見てかすかに私の記憶が戻ってきた。


「ああ、でもここがどこで、君が誰なのか、さっぱり思い出せないよ」


「はっはっは、やっぱりね。昨夜君は結構酔っ払ってたからね。でもそんなに思い出せないか?僕の顔も思い出せない?」


「いや、顔は何とか思い出した。昨夜《おふくろ》で会ったんだよね?」


 私は寝床から起き上がり、男の近くまで行きもう一度顔を確かめてからようやくそう言った。


「勿論そうだよ。君は昨夜結構上機嫌だった。だったら僕に酒をご馳走してくれたのも憶えてないのかい?」


「エーッ?そうなの。思い出せないなあ。でも言われてみれば確かに昨夜は気分がよかったなあ。君と会ってから久しぶりに楽しかったような記憶がある。


ああ、少しずつ思い出してきたぞ。君の名前は何だっけ・・・そう・・・ジュン・・・と言うのじゃなかったっけ?」


「そうそう、やっと思い出してくれたようだね。あの時君とは気が合いそうだ、と君はしきりに言って、僕がマックス・エルンストを好きだといったら急に君は乗ってきたんだ。


エルンストを好きなやつなんて珍しい。俺も大好きなんだと言ってね。エルンストの孤高な感じが好きなんだと君は言ってた。憶えてないかも知れないけどね。


それからは好きなもの合戦さ。絵画から小説、音楽、最後は女の子の好みまで言い合ってさ。


それで僕たちの趣味は大体よく似ていたけど、三島由紀夫だけは合わなかったな。君は好きだと言ったけど、僕はどうしても好きになれないと言った。違ってたのはそれくらいかな。」


 ジュンはそこまですらすらと喋った。


「ウーン、よくは思い出せないが、言われてみるとなんとなくそんな事もあったような気がするな」


 確かに私はジュンの誘導によって、少しずつ記憶を取り戻しつつあった。


「ところでここは何処なの?君の部屋には違いないと思うけど。」


「○○さ。だから《おふくろ》からは歩いて十分くらいのところにある。」


「ああそうか、だったら店とは近いんだな。《おふくろ》にはよく呑みに行くの?僕はよく行くけど今まで君の顔は見たことないな。」


「昨日初めて行ったんだよ。前から気にはなってたんだけど常連さんが多そうでなんとなく入り辛くて入れなかったんだ。


昨夜は思い切って入ったんだけど、最初のうちはやっぱり落ち着かなかった。その内に君と話をするようになってからやっと落ち着けたんだけどね。」


「そうだったの。ところで君は何処の学生?」


「僕はまだ学生じゃない。芸大を目指している浪人さ。今二浪目だ。その話も昨夜した筈だけど憶えてないかい?」


「ごめん、ごめん。聞いた記憶がある。だったら僕より一つ歳下だね。それはそうと腹減ってない?何処かメシでも食いに行かないか。」


 私はそのときになって急に空腹を覚えたのでそう提案したら、ジュンはあっさりと同意した。私達はそのまま狭い階段を階下に降りて行った。私は途中二階にある共同洗面所で顔を洗うことは忘れなかった。


 私が予想していた通り、その部屋は三階で、正確にいうと屋根裏にあった。二階にも下宿部屋が三部屋ほどあり、一階は雑貨屋さんだった。


 階段を下りていくとその雑貨屋さんの横に出た。私達はその店の前を通って、五分ほど歩いたところにある喫茶店に入り、モーニングサービスのサンドイッチを食べ、ブラックコーヒーを飲んだ。


 コーヒーを飲みながら私達はまたいろんな話をした。そしてお互いにかなり気が合うことを再確認し、最後にまた《おふくろ》で会おうと約束してジュンと別れた。(つづく)