西城秀樹が亡くなった。

心不全ということだったが、脳梗塞を2回も引き起こしているので、影響はなかったとは言えないだろう。

 

48歳という若さで1回目の脳梗塞。

そして、それから8年後の56歳の時に2度目の脳梗塞。

言語障害が残っていたにもかかわらず、果敢にもTVに出演するというその勇気に感銘を受けたものだ。

死ぬまで舞台や映画に出演していた緒方拳を尊敬していたそうで、自分も病気を乗り越えて死ぬまでステージに立つんだという「生涯歌手」という目標を持っていたんだとか。

 

頂点を極めた人が、病気で障害を抱えると大抵の人は自暴自棄になり、決して人前には出たがらなくなるものだ。

 

そういう意味でも、プライドをかなぐり捨てて、つらいリハビリを克服し不死鳥のように甦った西城秀樹は立派だったなあと思う。

 

うちの姑でさえ、9年前に脳梗塞で倒れ、左半身に麻痺が残ってしまったことにどれだけ病気を恨んだことか。

リハビリを終えて、なんとか杖をつきながら歩けるようになり退院した時の姑の顔はまるで般若だった。

完全に鬱状態にあったと思う。

口を開けば、病院の対応の遅さを恨み、あのときすぐに治療してくれれば麻痺は残らなかったのに・・・と恨み骨髄の状態だった。

これは姑の言う通りで、早くに病院に運ばれたにもかかわらず、担当医がまだ来ていないと言う理由で4時間も放置されたのだ。

脳梗塞は少しでも早く対応すれば、大事に至らないとまで言われているのに、姑は悲劇が重なったといっていい。

これって明らかに病院側のミスになるのではと、思ったが、今更何言っても終わってしまったことは元には戻らない。

 

それからの姑は、自分の家には一切帰らなかった。

近所の人に会うのが嫌だ。

友だちに会うのも嫌だ。

兄弟姉妹に会うのも嫌だ。

 

不自由になった己の体を呪って呪って、ようやくここまできたというところはある。

そう思うと、憎たらしい姑ではあるが、不運だったなって可哀想に思うことはある。

 

身近にいる姑でさえこんな状態だったから、ましてやスターだった

西城秀樹にとって現実を受け入れることは大変だったことだろうと推察される。

 

63歳と言う年齢はもちろん早すぎる死である。

頑張りすぎたことが死を早めたのかもしれない。

それでも、頑張った西城秀樹はきっと納得の死だったかもしれない。

若かったから頑張れたし、気力があったんだね。

 

うちの姑なんか、何一つ自分ですることなく3年ぐらいの時を過ごしましたからね。

私たち夫婦も大事に大事にしてあげた3年間でした。

そこで、もう終わりかと思っていたところもあったので。

 

ところが、事情が変わってきた。

姑がどんどん元気になっていたのである。

とても当時は93までこんなに元気で過ごすことが出来るなんて思ってもいなかった。

きっと西城秀樹のように頑張らなかったから、今があるのかもしれないとさえ思える。皮肉な話だ。

 

あの淡谷のり子に(若い人は知らないだろうけど)

「この子は歌が上手い!」と言わしめた歌手がまた一人消えた。

 

脳梗塞というキーワードに、つい姑と重ねてしまった。

 

ご冥福をお祈りいたします。