ナニサマの言葉は、忖度しないと理解できないことばかりです。

最後まできちんと言わない。

 

で?なに?何言いたいの?

 

ってこちらが質問してもムッとして

(推し量れよ!いちいち聞くなよ!)

ってな不遜な態度。

 

こちらももう忖度なんかいたしません。

 

昨日の夕飯の際にも、箸を落としたナニサマ。

最近、ちょくちょくあるんです。

前はわざわざ拾いに行ってあげていたけど、夫が車椅子なのでちょっと動かせば取れるだろうと言ってやらなくなったのです。

そんな時でも、

「あ、落ちちゃった」

って言うんですね。

だからー?って言いたくなりません?

普通の人は、

「落としたので拾ってもらえませんか?」

って言うよね。

この人はいつでも何でも「~しちゃった」としか言わないんです。

なので、最近は無視してます。

そうすると自分で車椅子をずらして拾っております。

やればできる!(≧▽≦)

 

先回紹介した内田樹氏が、こんなことを言っておられました。

 

60歳過ぎてから市民的成熟を遂げることは不可能。

大人になる人はもうとっくに大人になっている。

その年まで大人になれなかった人は、正直言って外側は老人で、

中身はガキという

「老いた幼児」

になるしかない。

 

こんなお年寄、どうです、周りにおられませんか?

 

いい歳して、カッとして殺人を犯したり、隣人が注意したからと逆恨みしてゴミをその家の前に投げていくとか、ニュースで聞いていても、犯人の年齢を聞いてビックリすることがあります。

 

ただただ生活のため働いてきたという人も多いでしょう。

働くことは美徳ですが、働きながらも心を育てていく努力は怠ってはいけないと思うのです。

自分は苦労してきた、だからこの後は子供が面倒見て当たり前。

言いたい放題、やりたい放題したって、許されて当たり前。

オレが働いて金稼いできたから今のお前たちがあるんだ、なんてドロドロの昭和を見せつけられたって、だから何なのよ~って話。

だから売り言葉に買い言葉。

「だれも、頼んで生まれてきたわけじゃねーや!」

ってね。

 

家族になったら、お互い持ちつ持たれつ、愛情があれば言われなくても進んでやるのが人間。

それは、成熟した大人社会での話。

 

私も何度も「なんでこんなことしないといけないの?」って思わされること多々です。

でも「してあげたい」という気持ちもあるのです。

それはすべて相手の出方次第。

 

忖度しないと理解できないような相手では、愛は生まれません。