昨日の「悲しい出来事」の記事に、ブロ友さんからたくさんの慰めと哀悼の言葉を頂き、感謝しております。

ありがとうございました。

 

その続きでなんなんですが、今日はその鮨屋の奥さんの告別式に

次男夫婦と一緒に行ってまいりました。

夫は所用で行けなかったのですが、私は最期を見届けたく行ってきたという訳です。

 

受付には、昨日と同じく長女さんと次男さんが立っておられました。

 

次男さんは

「まだ全然ピンと来なくて・・・『ただいま!』って帰ったら『おかえり!』って言ってくれるような気がしてならないんです」と。

長女さんは、娘の中学の同級生。

「母と親しくしてくださってありがとうございました」

って、どの子どもさんも素直でいい子ばかりです。

 

私の次男も近所のこともあって、家族ぐるみで親しくしていたのです。

家族会も何度もその鮨屋さんでやらせてもらいました。

 

通夜はよく参列させて頂くのですが、告別式となるとなかなか行けないことが多く、最期の御見送りまで出来ないことが多いのですが、今回は最期まで見届けさせて頂きました。

次男夫婦にも経験してもらいたかったということもあって、一緒に最後までいてもらいました。

 

奥さんはお酒が大好きな人で、仕事が終わると一杯飲んで寝るのが楽しみだったようだ。

結局はそれが彼女の寿命を短くしてしまったのかもしれません。

私たち夫婦との出会いは、そんなに古いものではありません。

姑が倒れて在宅介護をしなくてはならなくなったころからの知り合いなので10年足らずです。

娘同志は中学の同級生とはいえ、特に仲良しだったわけではなく、むしろ同級生の店ということでかえって遠慮していたところがあるくらいだったのです。

 

初めて足を踏み入れた時は、完全にアウェーの気分でした。(笑)

もうそのときから、常連客しか来ない店だったからです。

私もまだ働いていたころだったので、疲れると二人で寿司を食べに行き始めるようになったのです。

2回目に足を踏み入れたとき、このご夫婦に私たちは認められたようで、黙っていても目の前に肴が並ぶようになったのです。

 

ご夫婦は私たち夫婦をいたく気に入ってくれたらしく、内々の話もするようになったし、ご近所のこともよく教えてくださったりもしたのです。

そのうち、鮨屋の看板だけでは商売も難しくなってきたので、息子の次男さんに継いでもらおうと名前も変え、居酒屋風にしたのです。

常連客も増えたようです。

もともと奥さんは、社交的な人ではありますが、好き嫌いもハッキリしていて、好きになるととことんというところがありました。

 

ご夫婦と店を閉めてカラオケにも行ったことがあります。

他の常連さんと私の3人で、店から街へハシゴしたこともあったっけ。

旅行も誘われて行くようになり、3回ほど行きました。

山菜採りはもちろん。

 

そう思うとこのご夫婦とのご縁も不思議な気がします。

鮨屋と常連客の関係からの出発ですから、珍しいですよね。

 

通夜、告別式とお会いしたご主人は、すっかり憔悴しきっていて喪主でありながら、すべてをご長男に任せ、本人は座っているだけでした。

今にも崩れ落ちそうなご主人の姿に、次男さんに

「お父さんを助けてあげてね。力になってあげてね」

と言ったら

「わかりました」

ってうなづいてくれましたが、後を追いそうなご主人の姿に胸が詰まりました。

もう一人の常連さんが

「長患いしなかっただけでもせめてもの慰めかもしれないよ。私なんか13年も家内の介護をしましたからね。大変でしたよ」

と。

 

会場を流れる『旅立ちの日に』のメロディーがより一層涙を誘いました。

卒業式の音楽がこんなときに流れるなんて・・・

この曲は何度聴いても、泣ける・・・・・・。