何でもそこそこ出来ちゃうのって、幸せなことだけど、悩ましいことでもあるわけで。

自分のやりたいことを見極めるときに、悩まなくてはいけない。

「これが好き!」

「これしかやりたくない!」

「これなら出来る!」

と、惚れこむことが一つしかなければ、何が何でもそれに邁進することが出来るのだが、あれもこれもやれるし、やりたいし、となると選択肢が多過ぎて、混乱を引き起こす。それも、うまくヒットすればいいけど、これじゃなかったんじゃないかって後悔が襲ってくることだってあるかもしれない。

結局、何一つ満足したものを手に入れることが出来なかった、な~んていう人生もある。

 

私は小さい時から運動神経がよろしく、またそういう環境で育ったこともあって、スキー競技を長くやっていた。

高校に入学したときは、毎日のようにスキー部のキャプテンが5,6人の男性部員を引き連れて勧誘に来たものだった。

今でこそ、高校もスポーツ推薦があって、大会で名を売った選手なんぞは高校側が中学校にオファーに来る時代だ。

しかし、私の時代はそうではなかった。

それでも中1のときから、県の大会で入賞し、2年間優勝していた私の名前は高校側にも十分伝わっていたようで、入学早々の勧誘となったのだ。毎日、教室に男子生徒が私に会いにやってくるのだ。

「こいつ、何者?」

と思われるわね。(笑)

しかも、男の子ばかり。ひょっとして「不良?」みたいな?(笑)

そんな私は、運動部に入る気持ちなど全くなかった。

いわゆる「スポ根」が大嫌いだったのだ。

 

一応、担任に相談した。

すると、担任、運動部に入ることには即反対したのだ。

私たちの高校は、高校入試が終わってから、もう一度試験を受けて

成績優秀者は、特別クラスに入れられるのだ。

一応そこに入れることになった私に、担任は

「一流大学に入るためには、運動部なんてものに入っていては勉強がついていけなくなる」

とのたまったのだ。

「例えば、スキーで早稲田に入りたいと思ったら、全日本レベルにならないといけないぞ。その覚悟があるか?」

「ありません!」

即答だった。(笑)

 

それでも1年生の1年間だけ義理を果たして、スキー部に所属した。

大会にも出た。県体でいきなり大回転3位。

インターハイの切符を手にして、引退。はやっ!(笑)

まったく未練のないスキー人生。

今にして思えばもったいなかった。だけど、この私に「スポ根」は無理。

 

そして走ったのが「英語」。

英語が好きだった。というか、言語活動に興味があった。

高2では「ESS」に所属し、ん?ESSって?ですよね。

要は英語クラブ。

英語劇シェークスピアの『ベニスの商人』で舞台にも立ったわ。

 

舞台の気持ちよさに酔いしれたこともあった。(笑)

 

こんな昔話をするつもりではなかったのに、スミマセン。

 

娘が昨日、帰りが遅かったわけは、長いこと続けていたバスケに

別れを告げてきたからだ。

きちんと退部のあいさつに行ってきたのだ。

 

この娘も私とよく似ていて、どちらかというと

All-round  Player。

何でもやれる。音楽の道もあったし、古典舞踊に生きる道もあった。

バスケも全国レベルで頑張っていた。

 

でも、結局は落ち着いたところは平凡な道。

 

そう思うと、一つの道に邁進して一流になっている人って、やっぱり

すごいな~と思ってしまう。

 

時代もあるだろうけど。

 

それでも、今は悠々自適に暮らせていることに感謝しなくちゃ、ね。