新聞の土曜版に載っていた見出しである。
国民投票で「EU離脱」を決めた英国では、離脱に投票した人の
間にも後悔が広がっているというのだ。
充分理解しないままで、勢いに乗ってしまったということの後悔
ですよね。
こういうことって、人生にもあるって、そういう話。
人生の岐路に関する後悔だけは、いつまでも残るものらしい。
みなさんの中にも、そういう後悔の人生を持っておられる方、いらっ
しゃるかもしれませんよね。
かくいうワタクシも、介護を引き受けたことに後悔が残っている。
今更ですが、姑がこんなにも長生きするとは思っていなかった
からです。![]()
介護を引き受けた時は、姑、84歳。
脳幹梗塞だった姑は、すぐに再発すると言われ、再発したら
命はないとまで言われた。
2,3年だと思っていた。
だから、最初の2,3年は本当に大事にしてあげた。
大変だったけど、1年に1回は、温泉にも連れて行っていた。
私は、姑を抱きかかえてお風呂にも入った。
ところが、
姑は死ななかった。![]()
むしろ、どんどん元気になっていった。
至れり尽くせりの毎日だもの、死んではソンソンとばかり
みるみる丈夫になり、したたかになっていった。
気が付けば、90を越え91となっていた。
そして、嫁は疲れ果て、かろうじて孫たちに救われている始末。
でも、東京都の59歳の男性が
「後悔しているのは、亡母の介護。決して『離脱』していたわけでは
ないが、もっとかかわっていればよかったと、亡くなってから、しみ
じみと思った」と。
男の人は特にそう思うかもしれませんね。
実際、介護をするのは嫁さんだとしても、母を思わない息子は
いないと思うので、やらなければやはり後悔として残るだろうと
察せられます。
実は、私の介護を受諾したのも、夫が後悔するだろうと思った
からにほかならない。
私の姑に対する気持ちなんて、ゼロに等しいものでしたが、
それでも、一緒に住むようになって、多少は愛情も生まれ始めて
いたように思う。
まあ、それも3年まででしたね。
姑の嫁への依存があまりに高いので、私の方がもう辟易して
しまったのです。
介護はせいぜい3年。
そこまでは無我夢中でやりますが、介護される側もだんだん
横柄になるのが介護を難しくするように思います。
今は「離脱」しても、後悔はしません。
もう、やり尽しました!後悔はありません!![]()