じーじとばーばんちの思い出

 祖父母の家と言うと母親の実家の2人を思い出します。

養鶏場を経営していたおじいちゃんとおばちゃん

専らおじいちゃんが主でした。

小学1年生くらいになり、卵取りの

手伝いができる様になると500円のお駄賃がもらえた。

卵を取って縦5横6?だった様な。。。

プラスチックのプレートを片手に

卵を並べて行く。


途中気性の荒いニワトリにビビりながらひたすら卵を集める

小学生1人でニワトリにビビりながらやってるものだから時間が

掛かって仕方がなく

叔父さんや姉が手伝いに来てホッとしたのも思い出。


おばあちゃんはリュウマチが酷く

歩くのもゆっくりでカートを

押しながらゆっくり卵を取っていました。

でも

私よりは数倍早かった。

その時は凄く不思議で

普段はとってもゆっくりしているし

一緒に作業をしていてもスピードアップするでも無く

ただ淡々と。


今思えばおばあちゃんも

某漫画の○テロ会長の様に

養鶏場を2人で始めた時は

時間がかかったのでしょう。

でも数年後には

音を置き去りにする

スピードを

手にしていたのでしょう。


高学年になり手伝いも行かなくなってしまいましたが

祖父母の家にはよく行っていたと思います。

一緒に遊んだとかはなく

何処かに行ったとかもお正月の初詣位

家に行ってこたつに入って一緒にテレビを見て

ちょこっと話をして

時々2人が喧嘩をする場面に遭遇して


大きな思い出はなかったけど

近くにいると

ホワホワしてたと思います。

おじいちゃんは脳梗塞で左半身マヒと

言葉が出なくなってしまって話は筆談と

ニュアンスを感じ取るしかできずでした。

口数も少なくなってしまったけど

家に行って近くにいる事が

会える事が嬉しかったのかも。


おばあちゃんは

最後まで話はできて

リュウマチで体が痛くて動かせなくても

自分でできる事はやり

できない事は「手伝って」と

言ってくれる人でした。

顔を見に行くと

「ほら、甘いもの食べな」

と言って

どこからかクリームパンや

ヨーグルト

羊羹

が出てくる。

もっといっぱい話をしておけば

なんて


でも


本当に2人共素敵で大好きな

おじいちゃんとおばあちゃん

でした。







 

 

同じネタで投稿する

 

他の投稿ネタを確認する