皆さま、こんにちは。
吉村涼子です。
先日は初めて,
札幌の西部に位置する
琴似神社に
上がらせて頂きました。![]()
北海道生まれの
北海道育ちの私ですが、
初めて上がらせて
頂きました。![]()
還暦になってから
終活に
勤しんで来ましたが、
人生、
まだまだ
未知の世界に
溢れていると
実感です。
琴似と言う地名は
明治4年から。
琴似の地名は
アイヌ語の
「コツ・ネイ」が
語源だそう。
コツ・ネイとは
「窪んだ所」と
言う意味で、
明治4年に
当時の開拓使が
命名したのだとか。
北門を守り
北海道開拓に従事する
「屯田兵」は
明治8年から
入植したようです。
明治8年5月.当時の
青森県より49戸、
酒田県より8戸、
宮城県よ93戸、
道内より48戸、
合計198戸、男女965人が
琴似兵村と
呼ばれたそうです。
本州3県からの入地者は
5月16日
通済丸に乗り、![]()
小樽に着き、
翌日17日に
銭函を経て琴似に
到着。
琴似屯田兵が入植完了した
5月27日は
記念して、
春季大祭として
報徳神社例祭が
行われます。
北海道を開拓すべく
屯田兵がやって来たのが、
明治の始め。
5月はまだまだ残雪も
あったでしょう。
温暖化になった今とは
考えられない極寒の地で、
さぞや苦労されたかと
偲びました。
門をくぐると…
真正面に
木がそびえ立っていました。
そして
地面にはまあるく
低木草が鎮座していました。
これは
風水で建物に
直接エネルギーが入り込まないよう
工夫された配置です。
このような配置の神社は
初めて!
神殿右側には
つつじが
美しく咲き誇っていました。
つつじと神社の
この眺めは
まさに
今だけの
季節限定!
こうした一期一会を体験すると、
今この一瞬が
尊く感じました。
境内には
琴似神社の前身である
報徳神社が
ありました。
琴似神社は
四柱の神様だけでなく、
当時開拓した屯田兵や
戦死した柱も
祀られているようです。
知らなかった〜。
まだまだ
勉強する事
山盛りですね〜。![]()
雪も溶け、
桜も咲いて
すっかり春ですが、
夜は
やはり冷えます。
いえ、
凍れます。
温暖化した今でも!
三日月も
くっきり。![]()
電信柱の真上には
木星もくっきり
見えました。![]()
いやあ〜凍れます!![]()
だから
まだまだ厚手のコートで
出かける私。
この日も
暖か服装で、
琴似の街を
歩き眺めを楽しめました。
しかしながら、
当時の人々が聞いたら、
何言ってるの⁉️と
言われそうです。(笑)
まだまだ甘い!
彼らの
そして私たちのご先祖さまの
たゆまぬ苦労の上に
私たちが
成り立っていることに
感謝しました。![]()
今回のご縁、
ありがとうございます。![]()








