この物語は【嫉妬の香り】です 原作のイリコトとは全く違いますので嫌な方はスルーしてくださいね


深夜の入江家
静まり返った家の中
わずかに聞こえるのは、時計の音だけだった
カーテンの隙間から差し込む月明かりが
部屋の中を淡く照らしている
ベッドの上
琴子は、まだ少し熱の残る身体をシーツに沈めていた
隣で、直樹がゆっくりと体を起こす

「……飲み物取ってくる」

低く、いつもの声

「うん……」

その背中が離れかけた瞬間
琴子は、そっと腕を伸ばした
直樹の背中に、静かに抱きつく
ぴたりと寄り添うように

「……入江くん」

直樹は振り向かない
ただ、その手に軽く触れた
拒まない
でも、引き寄せもしない

「なに」

「……あのね」

少し迷うように言葉を探してから

「お願いがあるの」

直樹は何も言わない

「今度ね……夜だけでいいから」

「外でご飯食べたり……その……夜景、見たり……」

言いながら、少し恥ずかしそうに笑う

「でも入江くん忙しいもんね」

「無理だよね、ごめんね」

自分で打ち消すように言った

少しの沈黙
直樹はそのまま、わずかに視線を落とした
考える、というより
“判断する”ような間

そして

「……いいよ」

短く言った
琴子の顔がぱっと明るくなる

「ほんと!?」

「ああ」

それ以上は何も言わない
それでも琴子は嬉しくて仕方なかった

「やった……楽しみ……」

小さく笑って、さらに強く背中に頬を寄せる
その温もりを、確かめるように

――近くにいる

それだけで、満たされるはずなのに
心だけが、どこか遠かった



…………


病室
白い壁に、静かな機械音が響く
重樹はベッドの上で目を閉じていたが
扉の開く音に、ゆっくりと目を開けた

「……直樹か」

「ああ」

短い返事
その横で、紀子がほっとしたように立ち上がる

「お兄ちゃん……来てくれたのね」

直樹は軽く頷くだけだった
スーツ姿のまま
無駄のない動きで、ベッドの傍に立つ
一瞬の沈黙

「……親父と、おふくろに報告がある」

その言い方は
まるで業務連絡のようだった
紀子が顔を上げる

「なに?」

重樹も、静かに視線を向ける
直樹は一切迷わなかった

「今度の日曜日に——見合いをするから」

空気が止まった

「……は?」

先に反応したのは紀子だった

「なんでよそれ!」

声が一気に強くなる

「お兄ちゃん、どういうこと!?琴子ちゃんは!?」

その名前に
直樹の表情がほんの僅かだけ動く

だが——すぐに消えた

「あいつは関係ないだろ」

冷たい一言

「今その話はしてないだろ」

「してないじゃないわよ!!」

紀子の声が震える

「琴子ちゃんがどれだけ頑張ってくれているか知ってるでしょ!?」

「家のことも、パパのことも、裕樹のことも——」

言葉が詰まる
それでも止まらない

「それなのに……なんでそんなこと平気で言えるのよ!お兄ちゃんあなた、琴子ちゃんの気持ちを知っていてよくもそんな事が言えるもんだわ!」

直樹は黙って聞いている
否定もしない
肯定もしない
ただ——“処理している”ような目
紀子はさらに言葉を重ねた

「しかもね、パパ……もう少しで退院なのよ!
ーーだいぶ落ち着いてきたって、先生も言ってたの!」

その言葉に、重樹が目を閉じる
安堵と、重さが混じる表情

「こんな時に……なんでそんな話になるのよ……!」

紀子の声は、怒りと悲しみで揺れていた

その時

「……ママ」

重樹が低く制した
そして、ゆっくりと直樹を見る

「……理由を聞こうじゃないか」

静かな声
責めるでもなく
ただ、確かめるように
直樹は一瞬も迷わなかった

「会社の為だ」

その一言で、空気が変わる

「資金の目処はついた。融資も受けられる」

「その流れの中で話が出ただけだ」

淡々とした説明
感情は一切乗っていない
紀子が息を呑む

「……それって
ーもしかして結婚も、するってこと?」

「その可能性は高いな」

あまりにもあっさりと
紀子は言葉を失った

そして——次の瞬間

「……ふざけないでよ」

低く、押し殺した声

「お兄ちゃん正気なの?」

「人の人生なんだと思ってるの?」

直樹は即答する

「最適な選択だと思ってるけど」

「は……?」

「損失を最小限にして、利益を最大化する
ー今の状況なら、それが一番効率がいい」

その言葉に
紀子の顔が歪んだ

「効率……?」

「それを人に当てはめるの!?」

「琴子ちゃんの気持ちは!?あの子の人生は!?」

直樹は一瞬だけ視線を逸らす
だがそれは——“迷い”ではない
ただの“不要な要素の切り分け”だった

「……あいつはただの同居人であってそれ以上でもそれ以下でもないはずだ」

紀子が絶句する

「は……?」

「お兄ちゃん…あなた本気で言っているの?」
ーー琴子ちゃんは高校生の時からお兄ちゃんだけを想ってくれた子なのに…よくもそんな事が言えるわね!!」

直樹は答えない
その沈黙が、何よりも残酷だった

その時——

「直樹」

重樹が低く呼ぶ
その目には、怒りではなく
別の感情があった

「……わしはな」

ゆっくりと言葉を選ぶ

「会社がどうなろうと、それはわしの責任だ
ーお前に背負わせるつもりはない」

静かだが、はっきりとした声

「お前を犠牲にしてまで助かろうとは思っとらん」

その言葉に、空気が重くなる
だが直樹は——

「犠牲じゃない」

即座に否定した

「合理的な判断だ」

重樹の目が揺れる

「感情で会社は救えない」

「結果が全てだ」

その言葉は正しい

——正しすぎるほどに

だからこそ、冷たかった
紀子の目に涙が浮かぶ

「……最低」

小さく呟く

「お兄ちゃん……ほんとに最低……」

それでも直樹は揺れない

「これは報告であって」

淡々と告げる

「相談に来たわけじゃないから」

完全に線を引いた言葉だった
紀子が顔を上げる

「……日曜日」

震える声で言う

「私は行かないから」

はっきりとした拒絶
直樹は一瞬だけ視線を向け

「ああ、別にいい」

あっさりと答えた

「一人で十分だ」

それだけだった
会話は、終わった
これ以上、言葉は交わされない
直樹は踵を返す

その背中に——

誰も、何も言えなかった
病室を出た後
静かな廊下を歩きながら
直樹は小さく息を吐いた

『……感情論ばかりだな』

苛立ちに近い思考

『現実を見てない』

会社の数字
資金繰り
損失ライン
回収の見込み
全てが頭の中で整理されている

『最短で立て直すには、このルートしかない』

それは“正解”だった
少なくとも——彼の中では

そして
ふと、琴子の顔が浮かぶ

『……あいつなら』

迷いなく思う

『理解するはずだ』

『あいつはそういうやつだ』

自分を否定しない
離れない
最後には受け入れる

——そう決めつけている

だから
考える必要すらなかった
そのまま、歩き出す
自分が何を見落としているのか
まだ——気づかないまま



…………


日曜日の朝
キッチンには、静かな音が流れていた
包丁の音 味噌汁の湯気 焼き魚の香り

「……これで、いいかな」

琴子は小さく呟く 手際はまだ少しぎこちない でも、その一つ一つが丁寧だった
居間では、裕樹がすでに朝食を食べ終えていた

「ごちそうさまー。今日、友達んとこ行ってくる」

「うん、気をつけてね」

「もしかしたら泊まるかも」

「えっ、そうなんだ?」

「多分な」

そう言って、裕樹はさっさと家を出ていった
その音を聞きながら、琴子はふっと笑う

「なんか、静かだね…」

奥の部屋では、琴子の父親が寝ていた
朝方帰ってきて、そのまま眠ってしまったのだ

そして――
階段から足音がした

「入江くん」

振り向くと、直樹が降りてくる
シャツの袖を軽くまくりながら いつも通りの、変わらない姿

だけど――
どこか、少しだけ遠い

「おはよう」

「……おはよ」

短い言葉
琴子はそれでも嬉しそうに笑う

「朝ごはん、できてるよ」

「ああ」

席につく直樹
何も言わずに箸を取る
その横顔を、琴子は少しだけ見つめていた

『昨日の夜……』

ふと思い出す
触れた温度 重なった時間
確かに、あの時は――近かった

でも今は
また、少し遠い

「……ねえ、入江くん」

「ん?」

「今日も、仕事?」

ほんの少しだけ 期待が混ざった声
直樹は味噌汁を口に運びながら、答える

「いや、今日は別の用事」

「そっか……」

少しだけ、落ちる声
その変化に、直樹は気づいていたが何も言わず
直樹は静かに立ち上がる

「もう行くの?」

「ああ」

玄関へ向かう背中
琴子は小さく駆け寄る

「入江くん」

呼び止める声
直樹が振り返る

その瞬間――
琴子は少し背伸びをした
触れるだけの、軽いキス
けれど次の瞬間
直樹の手が、琴子の頬に触れる
引き寄せられるようにして
今度は直樹から、口づけた
少しだけ深く
少しだけ長く

「……行ってくる」

低い声

「いってらっしゃい」

嬉しそうに笑う琴子
その笑顔を背に
直樹は扉を開けた
外の光が差し込む
一歩、踏み出す

その先にあるのは――
見合い
結婚
そして
裏切り
それでも直樹は、立ち止まらない
心のどこかで思っていた

『琴子は大丈夫だ』

理由なんてない
ただ、そう“決めている”だけ
振り返ることもなく
扉は静かに閉まった


―――――――――――――


見合いの席は、静かで上品な空気に包まれていた
磨かれたテーブル 整えられた花 無駄のない配置
すべてが「整っている」空間だった

「まぁ見合いと言っても簡単なものだがね」

大泉会長は穏やかに笑う

「直樹君のご両親は病院にいらっしゃると聞いている。今日は一人で構わんよ」

「……申し訳ありません」

直樹は頭を下げる
その仕草も、角度も、声の落とし方も すべてが無駄なく整っていた

『問題ない。印象は悪くない』

既に、場の空気を測っている

「こちら入江直樹君、20歳。現在はお父上の会社で社長代理を務めておられて」

仲人の声が続く

「学業も優秀で、常に首席——」

直樹は静かに顔を上げる

「そしてこちらが、大泉沙穂子さん」

視線の先
一人の女性が、静かに頭を下げた

「19歳。祥鶴女子大の2回生でいらっしゃいます」

所作が綺麗だった
背筋 手の置き方 目線
すべてが“きちんと教育されている”

『育ちは申し分ないな』

「沙穂子さんのご趣味は?」

「料理や裁縫、それから手芸などを少し」

柔らかく微笑む

「家で過ごす時間が好きなんです」

「……素敵なご趣味ですね」

直樹は穏やかに言う

「料理が出来る方は、尊敬します」

その言葉に、沙穂子は嬉しそうに微笑んだ

『本当、出来ないやつもいるからな』

一瞬、琴子の顔が浮かぶ
エプロン姿 少し不器用な手つき
けれど

『……まぁ、あいつはあれでいい』

すぐに思考を切り替える

「直樹君、わしの口から言うのもなんだがね」

会長が楽しそうに笑う

「沙穂子はなかなかの“大和撫子”なんだ」

「そのようですね」

視線を向ける

「お話していても、よく分かります」

丁寧に、隙なく
『だが——一緒にいると疲れるタイプだな』

感情ではなく、評価

「直樹さんのご趣味は?」

沙穂子が尋ねる

「そうですね」

少しだけ間を置く

「読書が好きです。海外の作家をよく読みます」

「スポーツはテニスを少し」

『最近の趣味は——琴子だな』

頭の中でだけ、冷たく浮かぶ

「まぁ、素敵ですね」

沙穂子の目が輝く

「私、テニスは未経験で……」

「機会があれば教えていただけますか?」

「ええ、構いませんよ」

自然な笑顔

『まぁ、あいつよりは飲み込みは早そうだな
ーー面倒だが……必要な投資だ』

会話は滑らかに続いていく
学業 将来 価値観
どれも大きなズレはない
むしろ——
“都合がいい”

『問題なし
ー環境、家柄、資金——すべて条件は整っている』

そして

『融資の話も、ほぼ通るな』

ここまで来れば、答えは一つだった

「どうだね」

会長が口を開く

「若い二人だ。もう少し話してみるかね」

一瞬の静寂
直樹は、ほとんど間を置かずに答えた

「はい、ぜひ」

その声に迷いはなかった

「私も……ぜひ」

沙穂子も頷く

「そうかそうか!」

会長は満足そうに笑った

「これは良い縁になりそうだ」

その場は和やかな空気に包まれる

だが——
直樹の中には、感情はなかった

『これで会社は立て直せる』

それがすべてだった

『結婚は手段だ』

冷静に、整理されていく

必要な契約
必要な関係

そして

『琴子は——別だ』

ふと、頭に浮かぶ
あの無防備な笑顔
何も疑わない目

『あいつは大丈夫だ』

根拠はない
だが、確信している

『あいつは俺から離れない』

だから
『問題ない』

すべては、両立できる
仕事と結婚 責任と感情

そして——
愛と裏切りさえも
直樹の中では、矛盾ではなかった



……………



午後――会社
静かな執務室 窓から差し込む光が、机の上の書類を照らしている
直樹はペンを走らせながら、淡々と目を通していた
数字 契約内容 条件
どれも正確に処理していく

『これで道は繋がる』

手を止めることなく、思考だけが先に進む

『資金は確保できる
ーあとは流れを整えればいい』

無駄はない 迷いもない

『——問題ない』

ふと、ペンが止まる
視線が、机の端に置かれた時計へ向いた
午後二時を少し回った頃
ほんの一瞬だけ、考える
そして——
受話器を取った
コール音が静かに響く
数回の後

「はい、入江です」

聞き慣れた声

「俺だけど」

一拍
すぐに空気が変わる

「あ、入江くん!」

ぱっと明るくなる声
それだけで 誰なのか、疑いようもない
直樹は何も言わず、そのまま聞く

「おば様ね、今日戻ってこないみたいなの」

少しだけ声が落ちる

「なんか……元気なくて……」

「……そうか」

短い返事
それ以上は聞かない

「裕樹君もね、今日はお友達のところに泊まるって」

「……そうか」

同じ言葉
同じ温度
一瞬だけ、沈黙が落ちる
受話器越しに 琴子が、何かを待っている気配
直樹はわかっていた

けれど——

「琴子」

先に口を開いた

「なに?」

素直な声
その無防備さに 一瞬だけ、何かがよぎる
だが、それもすぐに消える

「今日、外で飯食うぞ」

間を置かずに言った

「えっ……!」

息を呑む音

そして——

「いいの!?」

一気に弾む声

「ああ」

それだけ

「やった……!」

小さく、でも抑えきれない喜び
受話器越しでも分かるほどの、まっすぐな感情

「じゃあ後で」

直樹は淡々と続ける

「うん!」

迷いのない返事

「待ってるね」

その一言に

ほんの少しだけ——

間が空いた
だが直樹は何も言わない
そのまま
受話器を置いた
静寂が戻る
机の上の書類
さっきまでと何も変わらない景色

だが——
『……問題ない』

そう、結論づける
仕事は進んでいる
計画も順調

そして

『琴子も、ああして喜んでる』

なら
『何も間違ってないんだ』

そう思った
——思ってしまった

ペンを取り、再び書類に目を落とす
その手は、迷いなく動いていた



…………





街の灯りが、静かに滲んでいた
待ち合わせ場所に立つ琴子は、少しだけ息を弾ませていた

「入江くん~!」

振り返る直樹

「悪い、待った?」

「ううん、今来たとこだよ」

柔らかく笑う琴子
紺のワンピース
くるくると巻いた髪
薄いピンクの口紅

全部——直樹のため
ほんのり香る、石鹸の匂い
直樹は一瞬だけ、それを見た

「……行くぞ」

短く言って歩き出す

「うんっ」

嬉しそうについていく琴子
並んで歩く
触れそうで、触れない距離

「入江くん、どこ行くの?」

弾んだ声

けれど——

「琴子」

その一言で
空気が、変わる

「……お前に話があるんだ」

足を止める直樹
琴子もつられて止まる

「うん。お店で話すの?」

期待を含んだ声

だが——

「もう、お前とこうして外で会う事が出来ない」

静かな声だった

「……え?」

理解が追いつかない

「店にも行けない」

淡々と続ける

「今後は、お前の部屋か……俺が用意する場所で会う事になる」

言葉が、落ちてくる

一つずつ

ゆっくりと

「……な、なんで?」

声が揺れる

「入江くん……?」

直樹は、視線を逸らさないまま言った

「今日、見合いしたんだ」

——時間が止まる

「その相手と、結婚する」

「……入江くん…何、言ってるの……?」

頭が、追いつかない

「親父の会社が危ないのは知ってるだろ」

現実だけを並べる声

「金がいる。だから融資を受ける
ーその流れで、見合いをした」

ただの“説明”
感情のない説明

「……好きなの?」

震える声

「その人のこと」

「まさか」

即答だった

「今日会ったばかりだぞ」

「……じゃあ、なんで
ーーなんで結婚するの?」

「だから、融資のためだ」

迷いなく答える
その一言が
琴子の胸を、深く抉る

「あたしは……」

言葉が出ない
喉が詰まる
直樹は続けた

「俺は、お前と別れるつもりはない」

「……え?」

一瞬だけ、光が差す

けれど——

「結婚は仕事で
ーーお前はプライベートだ」

その言葉で
すべてが、歪む

「……プライベート……?」

現実感が消えていく

「今まで通り会えばいい
ーーただ、表ではそう見せないだけだ
ー,一応既婚者になるからな」

淡々と
まるで“条件”を説明するように

「……入江くん」

琴子の声が、震える

「それって……
-……あたしに
ーーー愛人になれってことだよね?」

一瞬の沈黙

「そうとも言うな」

あまりにも、あっさりとした肯定

「……やだ……」

小さな声

「やだよ……それは……」

涙が溢れる

「入江くん……本当に入江くんなの……?」

震える目で見上げる

「自分が何言ってるか……分かってるの……?」

直樹は眉一つ動かさない

「何が問題なんだ?」

直樹は本気で、分かっていない

「結婚は仕事だって言ってるだろ!」

琴子は、何も言えなかった

言葉が出ない
頭の中が、真っ白になる

——音が、消えたようだった

けれど直樹は、何も止まらない

「お前とは今まで通りでいい」

「家庭を作る以前に——」

琴子の声が、崩れる

「入江くんは、あたし以外の人を抱くんだよ……?
-その人に子供を産ませるんだよ……?
ーーーそれが、どういう事か分かってる……?」

必死の言葉

だが——

「それがなんなんだよ」

冷たく、返される

「お前も欲しいなら、作ってやるけど」

その瞬間
琴子の中で
何かが、切れた


パシッ——


乾いた音
直樹の顔が、わずかに横を向く

「……最低」

震える声
涙が止まらない

「入江くんは……最低だよ……」

それでも直樹は理解しない

「……なんでそうなる」

「お前は、俺に惚れてるんだろ!?」

苛立ちすら混じる

「なら、贅沢言うな!」

その一言が
完全に、壊した
琴子はゆっくりと顔を上げる
涙で濡れたまま
それでも、はっきりとした目で

「……そうだね」

静かな声

「……あたし、わがままだよ」

一歩、下がる

「入江くんのこと、大好きだから」

「……全部欲しいって思ってる」

涙が零れる

「だから——」

「全部じゃないなら、いらない」

はっきりと
言い切った
直樹の手が、わずかに動く

「琴子——」

触れようとする
だが
その手は、届かない

「……あなたなんて、いらない」

その言葉を最後に
琴子は走り出した
止まらない涙と一緒に
夜の中へ消えていく


「……琴子」


直樹は、動けなかった
ただ、そこに立ち尽くす

胸の奥に
わずかな違和感だけを残して
それが何かも、分からないまま





つづく





このドラマの歌詞は、
伊藤敏博の【綾織り】です




これで第2章が終わりました。
次回から第3章に入ります





はぁ~( ´Д`)

しんどい回だった



次回も色々な意味で辛い?回となります



今回はちょっと早めに投稿しました。




次回をおたのしみに