この物語は【あいつしか愛せない】です。
原作とは全く違うIF作品なので嫌な方はスルーしてくださいね





翌朝
教室へ向かう廊下を歩いていると、なんだかいつもと様子が違った

「あ、あの子だよ」

「昨日、入江さんに勝負を挑んだっていう……」

「マジで? すごい度胸だよね」

ひそひそ、ひそひそ
あっちからも、こっちからも視線を感じる

……なによ
そんなに珍しい?
確かに昨日は勢いでとんでもないことを言っちゃったけど、ここまで噂になるなんて思ってなかった

少しだけ恥ずかしくなって足早にB組の教室へ向かう


ガラッ
教室の扉を開けた瞬間だった

「あっ、来た!」

一番最初に声を掛けてきたのは、同じB組の品川真里奈だった
肩まで伸びた茶色がかった髪を軽く巻いて、制服も校則ぎりぎりまで着崩している
目鼻立ちははっきりしていて綺麗
男の子に人気があるのも納得だけど、性格は結構きつい
思ったことは遠慮なく口にするタイプ
でも、不思議と憎めない

「あんた、今日学校中で噂になってるよ」

「えっ?」

「昨日の話、マジなわけ?」

真里奈は半分呆れたように腕を組んだ

「A組の入江さんに、中間テストで五位以内に入るって宣言したって」

「ああ、そのこと」

あたしは苦笑いしながら頷いた

「本当だよ」

その瞬間、真里奈は大きくため息をついた

「琴子……。」

その顔は呆れているようでもあり、少し心配しているようでもあった

「あんた、本当に馬鹿なわけ?」

「なんでよ!」

思わず声が大きくなる

「やってみなきゃ分からないじゃない!」

「そこなのよ」

真里奈は額に手を当てた

「あんた、本気で現実見えてない」

「現実?」

「A組にはキングの入江さんがいる」

その名前が出ただけで、教室の何人かが小さく反応した
やっぱり学校中の有名人なんだ

「それだけじゃない」

真里奈は指を一本立てた

「万年二位の船津さん」

もう一本立てる

「入江さんの親友で、いつも上位の渡辺さん」

さらに一本

「高橋さん」

そして最後の一本を立てた

「それに、唯一の女子が榊原さん」

榊原さん……。
その名前だけはあたしも知っていた
成績優秀
スポーツ万能
しかも、モデルみたいな美人
廊下ですれ違ったことがあるけど、思わず見惚れるくらい綺麗だった

「あの五人が毎回トップ5なの」

真里奈は真っ直ぐあたしを見た

「その五人を蹴落として、B組のあんたが入るの?」

何も言い返せなかった
真里奈の言っていることは正しい

「まして榊原さんなんて、あんなに綺麗で頭も良くて、みんなの憧れなのよ」

少し間を置いてから続けた

「……でもさ」

「あの人でさえ、入江さんには冷たく振られたんだよ」

胸が少しだけ痛んだ
昨日のことを思い出す

『いらない』

『俺は読む価値のないものは読まない』

あの冷たい声

「琴子」

真里奈は少しだけ優しい声になった

「あんたは可愛いよ」

「……え?」

「でも、美人じゃない」

「ちょっと!」

「最後まで聞きなさい」

真里奈は苦笑した

「あんたは根性だけは誰にも負けないと思う」

「だけど、その五人を抜くなんて……。」

首を横に振る

「無理よ。」

教室が静かになった
みんなも同じことを思っているんだろう
無謀
笑い話
そう思われても仕方ない


でも――
あたしは、その言葉だけは昔から嫌いだった

「真里奈」

「なに?」

「……あたしね」

ゆっくり息を吸う

「あたし、『出来ない』って言葉が大嫌いなの」

真里奈は黙って聞いている

「やる前から諦めるなんて、あたしにはできない」

胸の奥が熱くなる

「やらないで後悔するくらいなら、やって後悔した方がずっといい」

教室中が静まり返った

「だからあたしは挑戦する」

昨日、あいつに啖呵を切ったことを後悔なんてしていない
負けるかもしれない
笑われるかもしれない

それでも――
挑戦しなかった自分だけには、なりたくなかった

真里奈はしばらくあたしを見つめていた
やがて、小さく息を吐いて肩をすくめる

「……ほんと、あんたって馬鹿」

そう言って笑った

「でも、その馬鹿さ、少しだけ羨ましい」

そして照れ隠しみたいにそっぽを向きながら小さく付け加えた

「応援はしないからね」

「えぇ~?」

「その代わり……もし本当に五位以内に入ったら」

真里奈はニヤッと笑う

「あたしがラーメン,チャーシューもつけて、おごってあげる」

「あははっ、それだけ?」

「文句ある?」

「ううん!」

思わず笑ってしまった


よし
まずは、中間テスト
あいつを見返す第一歩は、そこから始まるんだから




…………




カレンダーを見るたびに、胸の奥がざわついた
中間テストまで、あと二週間
たった十四日

「あちゃあ……。」

思わず頭を抱える
今までみたいに教科書を開いて、「今日はここまでやろう」なんて勉強じゃ絶対に間に合わない
あたしは、自分の実力くらいわかっている
五番以内
そんな順位、今のあたしには夢みたいな話だった

だけど――

「やるって言ったんだから」

約束は約束だ
負けたくない
あいつにだけは
ふと、ある考えが浮かんだ

「そうだ……。」

自分より出来る人に教えてもらえばいいんだ
出来ないなら、出来る人に聞けばいい
一人で意地を張るより、その方がずっと早い
そう思ったあたしは、その日の放課後、真っ先にA組へ向かった


最初に声を掛けたのは榊原さんだった
長い黒髪を揺らしながら本を読んでいる姿は、本当に絵になる
綺麗
たぶん学校で一番美人だ

「何?」

視線だけをあたしへ向ける

「あの……勉強教えてほしいと思って。」

榊原さんは、一瞬黙ったあと、小さく笑った

「あなたが?」

その笑い方が、もう答えだった

「中間で五番以内を目指してるの」

「無理ね」

即答だった

「努力は素敵だけど、人には才能ってものがあるの」

淡々としている
悪口というより、本気でそう思っている顔

「あなたが二週間で私たちに勝てるなら、誰も苦労しないわ」

胸がチクリと痛む

「それに……。」

榊原さんは髪をかき上げながら言った

「私は人に教えるほど暇じゃないの」

そう言って、本へ視線を戻した


きっと悪い人じゃない
でも
この人は、自分が一番なんだ
そんな気がした
だけど…どうしてこんな綺麗な人を、あいつは振ったんだろう
あたしには、まだわからなかった



次に会ったのは、高橋さん
校庭のベンチでジュースを飲んでいた

「あの!」

「あ、相原さん?」

事情を話すと、高橋さんは困ったように笑う

「教えるのはいいけどさ」

「あ、本当?」

「でも勉強って教えられるものじゃないんだよね」

「え?」

「数字は数字を呼ぶし、英語は英語が教えてくれるし」

「……。」

「要するに感じること」

「…………。」

意味がわからなかった
十分くらい聞いていたけど、一つも頭に入らなかった

「ありがとうございました!」

逃げるように帰った
いい人なんだけど……
この人、何言ってるかわからない




その次は渡辺さん
放課後も教室でノートをまとめていた
事情を話すと、渡辺さんは優しく笑った

「いいよ」

「え?」

「困ってるなら教える」

その一言だけで泣きそうになった

「国語は暗記じゃないよ」

そう言いながら、文章の読み方から教えてくれる
社会も、ただ覚えるんじゃなくて

「流れで考えると忘れない」

渡辺さんの教え方は、とても丁寧だった

「ありがとう!」

「頑張れ」

その笑顔に救われた
学校にも、こんな優しい人がいたんだ




最後は船津さん
噂の万年二位

「船津さん!」

「今忙しいです」

まだ何も言ってない

「勉強教えてほしいんですが…」

「お断り致します」

早い

「僕は入江を倒す理論を構築している最中なんです」

「……。」

「今話しかけないでください」

目が怖い

「僕の邪魔をしないでください」


この人
なんか怖い
そして、ちょっと気持ち悪い


あたしは静かに逃げた
結局
国語と社会は何とかなりそう
理科も、暗記なら頑張ればどうにかなる

だけど
数学
英語
この二つだけはどうにもならなかった
ノートを見ても
公式を見ても
英単語を見ても
眠くなるだけ

「あぁ……。」

机に突っ伏す
その時
一人の顔が浮かんだ



嫌だけど
悔しいけど
学校で一番数学と英語が出来る人


「あいつしかいないわね」

そう呟いた



翌日
あたしはA組へ向かった
窓際で本を読んでいる、あいつのところへ

「入江くん」

「……。」

顔も上げない

「あのね」

「断る」

「まだ何も言ってない!」

「勉強だろ」

図星だった

「お前、俺に偉そうに宣言しといて」

やっと本を閉じる

「あんな啖呵切っといて、何で俺がお前に教えなきゃいけないんだ」

口元だけ笑っていた

「やっぱり馬鹿だろ」

悔しい
でも
ここで引いたら終わり

「あたし……。」

拳をぎゅっと握る

「あたし、負けたくないの」

直樹は黙っていた

「あなたに勝ちたいからじゃない」

「勝負に負けたくないの」

「だから、自分より上の人に教えてもらいたい」

「その方が、自分の力になると思ったの」

「だから……。」

頭を下げる

「お願い。します」

少しだけ沈黙が流れる

「……。」

あいつはしばらくあたしを見つめていた

「お前」

静かに口を開く

「プライドないのか?」

普通なら
ライバルに教えを乞うなんて恥

でも
あたしは小さく笑った

「そうだね
ーーーないのかも」

負けるくらいなら
笑われる方がずっといい


沈黙

やがて

「……。」

直樹はフッと笑った
その笑いは呆れたようでもあり、少しだけ面白がっているようにも見えた

「馬鹿な女」

そう言って、意地悪そうに口元を上げた
その笑顔の意味を、この時のあたしはまだ知らなかった



…………



それから毎日
本当に毎日だった



「おはよう、入江くん!」

昼休み

「入江くん、お弁当食べた?」

放課後

「ねぇ、勉強教えて」

今思えば……
完全にストーカーだったと思う
でも、あの頃のあたしは必死だった
あいつは基本、人と群れない
休み時間も騒いだりしない
生徒会にも入らない
部活にも入らない
窓際の席で、一人静かに本を読んでいる
唯一普通に話しているのは、親友の渡辺くんくらい
だから最初は、毎日話しかけるあたしをクラスのみんなが珍しいものを見るような目で見ていた


「ねぇ~。」

今日も懲りずにA組へ行く

「あのさ」

返事はない

「入江くん」

ページをめくる音だけが聞こえる

「勉強教えて」

「めんどくさい」

即答だった
もう少し考えてから断ってほしい

「お願いします!」

机に両手をついて身を乗り出す

「しつこい」

「しつこくなるよ」

負けずに言い返す

「あたし、将来ね」

あいつは本から目を離さない

「通訳の仕事をしたいの」

その一言で、初めてページをめくる手が止まった

「だから英語は頑張りたい」

「英会話も覚えたいし、他の国の言葉だって勉強したい」

「だからお願い」

しばらく沈黙が流れる


そして
あいつは本を閉じもせず、小さく口を開いた

「"It's impossible for a fool."」

「……へ?」

突然の英語
頭の中が真っ白になる

「え?」

「今……何て言ったの?」

あいつは口元だけ少し笑った

「馬鹿には無理だ」

「!!」

もう!
なんなの、この人!
頭がいいのを自慢したいの!?
本当に性格悪い!

「確かにあたしは馬鹿かもしれないよ!」

思わず声が大きくなる

「でも!」

教室中が少し静かになった

「あたし、一生懸命頑張りたいの」

「だからお願い」

「教えて」

真っ直ぐ見つめる
逃げなかった

すると

「……。」

あいつは大きくため息をついた

「どこが分からない」

「……え?」

「数学」

「どこで躓いてる」

一瞬、意味が分からなかった

「えっ……。」

「言わないなら帰るぞ」

「教えてくれるの!?」

「うるさい」

ぶっきらぼうにノートを引き寄せる

「ここ」

「え?」

「この公式を理解してないから全部分からなくなるんだ」

シャーペンで式を書きながら説明していく
説明は驚くほど分かりやすかった

「なるほど!」

「やっと分かった!」

思わず大きな声が出る

「静かにしろ」

「ご、ごめん」

それでも嬉しかった
口は悪い
態度も悪い

でも
教え方だけは誰よりも優しかった

その日から
放課後になると、あたしはA組へ通うようになった

「ここ分かんない」

「昨日も教えた」

「忘れた」

「馬鹿」

「そこまで言わなくてもいいじゃない!」

そんなやり取りを毎日繰り返した


ある日は

「これは?」

「えっと……。」

「違う」

「じゃあこれは?」

「うーん……。」

「違う」

「あぁぁ……。」

頭を抱える

「もう無理」

机に突っ伏した

すると

「諦めるか?」

静かな声
あたしは顔を上げた


「……。」

悔しい
でも

「諦めない」

その一言だけは、すぐに出た

「そうか」

それだけ言って、あいつはまた問題を書き始める
何日も
何日も
同じことの繰り返し
泣きそうになる日もあった
もう嫌だって思う日もあった


でも
そのたびに、あいつは難しい問題を出してきた

「これは?」

「できない」

「じゃあこれは」

「もっと無理」

「馬鹿」

「もう!」

腹は立つ
でも
少しずつ
本当に少しずつ
解ける問題が増えていった


ある日の帰り道だった

「あっ、じゃあ帰るね」

鞄を持って歩き出そうとすると

「待て」

「え?」

振り返る
あいつは机の中から一冊の問題集を取り出した

「これ」

「……貸してくれるの?」

「返せよ」

それだけ
でも
あたしは嬉しくてたまらなかった

家に帰ってから、その問題集を何度も眺めた
新品じゃない
あいつが実際に使っていた問題集
端には小さな書き込みまである
それだけで
胸がドキドキした

「あたし……。」

もっと頑張ろう
もっと
もっと
あいつに追いつきたい
そんな気持ちが、日に日に大きくなっていった


そしてある日

「あれ?」

真里奈があたしの顔をじっと見た

「な、なに?」

「あんた最近変わったね」

「そう?」

「うん」

真里奈は笑った

「目つき」

「前よりずっと真剣になってる」

「なんかさ」

「今なら、本当に奇跡起こしそうだね」

その言葉に
あたしは少しだけ照れくさく笑った




…………



朝、目が覚めた瞬間だった

「……今日だ」

カーテンの隙間から差し込む春の日差しが、部屋を優しく照らしている
今日は中間テスト初日

この二週間
あたしは今までの人生で一番勉強した
遊びにも行かなかった
テレビもほとんど見なかった
眠くて机に突っ伏した日もある
数学の問題集を開いたまま寝てしまって、朝起きたら頬に問題集の跡がついていたこともあった
英単語を覚えながら眠ってしまって、夢の中まで英語が出てきた日もある
何度も心が折れそうになった

「もう無理」

そう思った日は、一度や二度じゃない
でも、そのたびに思い出した

『そんな奇跡が起こったら、お前と付き合ってやるよ』

あの日
あいつが笑いながら言った言葉
悔しかった
腹も立った

でも……
その約束だけは、絶対に叶えたかった

「よし!」

両手で自分の頬を軽く叩く

「相原琴子、気合い!」

鏡の中のあたしは少しだけやつれていた
それでも、不思議と目だけは輝いていた
もう逃げない
やるだけやった
後悔だけはしたくない

そう思いながら家を出た


……


学校へ着くと、いつも以上に騒がしかった

「今日の数学やばそう」

「英語全然覚えてない!」

「あー!もう帰りたい!」

廊下のあちこちから悲鳴みたいな声が聞こえる
みんな参考書を最後まで開きながら必死だった


そんな中

「あっ、琴子!」

振り向くと真里奈が走ってきた

「おはよう!」

「おはよう~」

「なんかさ……。」

真里奈はあたしの顔をじっと見た

「意外」

「え?」

「あんた全然慌ててないじゃん」

そう言われて初めて気付いた

確かに
緊張はしている
でも、不思議と焦ってはいなかった

「うん」

自然と笑顔になる

「やるだけやったから。悔いはないよ」

その言葉を口にした瞬間、自分でも驚いた
少し前までのあたしなら、きっと今頃泣きそうになっていた

だけど違う
結果がどうなるかは分からない

でも
頑張ったことだけは、自分が一番知っている

「なんか……。」

真里奈は嬉しそうに笑った

「あんた、本当に変わったね」

その時だった

「相原さん」

後ろから優しい声がした
振り返ると、そこには渡辺くんが立っていた

「あっ、おはよう!」

「おはよう」

渡辺くんはいつもの穏やかな笑顔だった

「今日だね」

「うん」

「緊張してる?」

少し考えてから首を横に振る

「もちろん緊張はしてる」

「でも、それ以上に……。」

胸に手を当てる

「やるだけやったって思えるから」

渡辺くんは小さく笑った

「その言葉が聞けて安心した」

「え?」

「あれだけ毎日頑張ってたもん」

「きっと大丈夫」

その優しい言葉だけで、胸が少し熱くなる

「ありがとう」

渡辺くんは少しだけ声を潜めた

「それにね」

「うん?」

「入江も、なんだかんだ言って相原さんのこと応援してると思うよ」

「……え?」

思わず聞き返した

「えぇ!?」

思わず大きな声が出る

「うそ!」

「入江くんが!?」

「応援!?」

あまりにも想像できなくて笑ってしまう

「入江くんがそんなことする訳ないよ!」

「『馬鹿』とか『無理』とかしか言わないもん!」

渡辺くんは苦笑した

「ははっ」

「本人は絶対認めないだろうけどね」

「でも、入江が相原さんに毎日付き合うなんて珍しいんだと言うか…有り得ないからね」

「普通なら最初の日で追い返してるよ」

「そう……なの?」

急に胸がドキッとした
そう言われれば
毎日「めんどくさい」と言いながら
毎日「馬鹿」と言いながら
結局は最後まで教えてくれた


……なんなのよ
あいつはー
やっぱりよく分からない
そんなことを考えていると

「おい」

聞き慣れた低い声
振り返る
あいつだった
片手に本を持ったまま、いつもの無表情で廊下を歩いてくる

「あっ、お、おはよう」

あたしが声を掛けると

「……。」

小さく頷いただけ
やっぱり愛想なんてない

「あのさ」

思わず呼び止める

「今日……。」

言葉に詰まる
頑張る
ありがとう
色々言いたかった

でも
結局出た言葉は

「負けないから…あたし」

だった
あいつは少しだけ立ち止まる

そして

「そうか」

それだけ
本当にそれだけ言って、教室へ入って行った

もう!

最後まで素直じゃない

でも
なんだろう
少しだけ笑ってるようにも見えた



……気のせいかな
キーンコーンカーンコーン――
始業のチャイムが鳴る
教室中の空気が、一瞬で引き締まった


テスト用紙が配られていく
先生の「始め」の声と同時に、鉛筆を握る

最初は国語
落ち着いて
深呼吸
一問ずつ
焦らない
大丈夫

午後には英語
そして翌日は、一番苦手な数学
英語の問題用紙が配られた瞬間
あたしは思わず目を見開いた

「あっ……!」

思わず声が出そうになる

昨日
あいつが教えてくれた長文問題と、文法の考え方が、そのまま応用問題として出ていた

『主語を先に探せ。』

『動詞を見失うな。』

昨日まで、何度も言われた言葉が頭の中によみがえる
落ち着いて
一文ずつ読めばいい
焦らなくていい
気付けば
鉛筆は止まることなく動いていた


そして翌日の数学
問題用紙を開いた瞬間

「……!」

まただった

『この公式を理解してないから全部分からなくなるんだ』

あの日
ノートいっぱいに書いてくれた公式

「あっ……。」

嬉しい
自然と口元が緩んでしまう
分かる
解ける
あたし、解ける……!

カリカリと鉛筆が紙の上を走る
あんなに苦手だった数学が
今日は怖くなかった
全部が終わり、最後のチャイムが鳴った

「そこまで!」

先生の声と同時に、鉛筆を置く

ふぅ……
大きく息を吐いた
終わった
全部
答案用紙は回収されていく
廊下へ出ると、あちこちで答え合わせが始まっていた

「あー!あそこ間違えた!」

「数学終わったー!」

そんな声が飛び交う中、あたしは一人、空を見上げた

……終わった
でも、不思議だった
点数がどうこうじゃない
あいつが教えてくれたところが、本当にテストに出た
それが、なんだか自分のことのように嬉しかった
あたしは小さく笑って呟く


「ありがとう……入江くん」







つづく






第一部はイリコトの出逢いと純愛?ピュアな2人がテーマなので音楽系はありません。【なのにあいつ】に入るのは第2部からとなります。