レイプされた時も何かに守られていました。
ひとつ間違えれば、間違いなく殺されていたかもしれません。
救出されたとはいえ、私は身も心もボロボロ。
男性不信。人間不信。何が正しくて何が間違っているのだろう?何もかも嫌になる。
そんな時も家族はそっと見守ってくれてたのに
この時の私は、家族の苦しみもわからずに、自分だけ、世界で1番不幸な人間になっていました。
今やっと45年経って思い出した時、
両親の苦しみ、どれだけ心を痛めていたかを
気づく事が出来ました。
その時の両親は、私を壊物を扱うように接していたように思います。
そんな両親に甘えて
毎日ダラダラと過ごしていたある日
親戚が営む魚屋さんの人から
(魚市場に行かないか?市場の朝ご飯は格別だよ〜どうせ暇なんだろう)と誘われました。
後でわかった事ですが、両親や親戚達は
私を立ち直らせてあげたい気持ちで、
なんとか外へ出す話をしていたみたいです。
渋々朝早く起きて、ついて行く事になった私が見た魚市場は活気に満ち溢れていました。
早速仕事です。
セリが終わった後のトロ箱を所定の所まで
手鈎(てかぎ)で運ぶ役目です。
なぜか、わからないけど楽しかった。
ひと仕事終えての朝ごはんは
本当に美味しかったのは忘れません。
暫くは、朝早くから魚市場へ。
帰ってからは魚屋さんの裏方のお手伝いを
するようになりました。
活気あふれる市場では嫌な事を忘れられる。
裏方では、臭い、汚い
そんな仕事はこの時の私に
ピッタリな仕事だと思ったのです。
また、いつも、私の大好きな叔父が側で励ましてくれました。その叔父は父の7人兄弟の末っ子で私とは、ひと回りしか違いません。
小さな時から〇〇兄ちゃんと慕っていた人です。
男前で面白く、
本当に可愛がってくれていました。
私の友達の間でも人気者。
そんな叔父と居てると人間不信も、
少しずつ薄らいでくるのがわかりました。
続く
今日も最後まで読んで下さり
ありがとうございました🙏
上の画像は実際、私が行っていた魚市場の画像です。当時は、もっと多くの人達で賑わっていました。

