最近思索に老けていて
自分の中で区切りがついた
2015年の朝
高校2年生の春のことだった
ふと、走りみたくなってみて
自分の家から
賤機山のトンネルを潜り
当時通っていた高校まで行き、
浅間山を経由して
家まで帰ったことがある
朝の静けさと
その街のざわめき出す
直前の空気感は
その後十年たった今でも
印象的なものとして残っている
さて、私は此処から
この印象。に関して
不思議な感覚を覚えた
いや、時代の空気性に
大しての疑問だったのかもしれない
朝走った感覚や
静けさは自然なものかも
しれないが
政治やビジネス、仕事や
街は確かに生活感として
そこに存在している
それらは別のものとして
そこに独立してるからだと
思ったからだ
昔BLOGをやっていて
2019年頃のアーカイブが
Googleに残っている
それを読んでみたのだが
純愛。に関しての文章が
多かった
途中からそれに
反する文章も出てくるのだが
それでもその香りは
残っている
それは前にも書いた
恵理奈との関係が
続いていたこと
そして、2017年の反動が
大きかったからだと思う
さて、話は変わるのだが
私は2021年から2024年までの
三年間Adoの研究をしていた
彼女は子供の頃の
お姫様の格好をしたら
馬鹿にされたという
トラウマから
それをずっと根に持っていて
そこで歌い手に出会い
椎名林檎という、いわば女の子
の為の歌手に出会ってから
メーベル。のカバーで世間に出て
うっせぇわでメジャーデビューしている
インタビューでも答えているのだが
彼女はそのうっせぇわ
の印象に引きづられて
少し苦悩していたようだが
それを狂言。残夢。という
2枚のオリジナル・アルバム
ワンピースのウタ
更には歌ってみたアルバムと
様々な作品に転化していった
ここで最初の朝の件に戻りたい
いや、最初から続いていたように
人間には独立した何か。
は存在しない
Adoにしてもうっせぇわ。
はコロナ禍の現状を
吹き飛ばすような歌詞だったし
正直その後の彼女の活動を
知らない人が大半だろう
しかし、何かと何か
私だったら
その朝の出来事。と哲学や
歌い手。とトラウマのように
2つの出来事が折り重なって
何かを生み出すことは
どこにでも起こり得る
実は私は前より
静岡。や活動をしたいとは
思っていない
全てはあの朝に通じるからだ
あの朝を超える出来事は
決して起きないし
あの朝はあの時のものだからだ
それを持続させる為に
この十年頑張ってきたのだが
それが原因で今回の入院にも至った
今年、1週間
ご飯の時以外
ずっと寝続けたことがある
そこで感じたことなのだが
人は唯一人の存在であるし
何よりも
これは堀江貴文氏が
言っていたのだが出来る人は
カルピスの原液のような
オリジナルを作るのに
長けている人が多いのだという
私にとっては
あの朝。の事だし
Adoが自分は歌姫とアピールしているのも
その当時のことがあるからだろう
菖蒲公園という
公園が好きなのも
昔そこで遊んでくれた
女子高生の人との
ほんの数分があったことだから
だから、無理してる人にも
伝えたいし、これからの自分に
対しても伝えたい
何か印象に残る
事があったらそれを大切にしてほしい
それはきっと貴方の原液だから
ではまた