中村吉克、思想と

Googleで検索すると

新選組のページが出てくる


それは恐らく

ただ、行動あるのみ

新選組こそが正義

と、友人に話したことから

そういうふうになったと思う


しかし、今回は

私が感じた

その行動の認識の

深化、そして、新たな思想の核心を

記述していきたい



まず、私は人生を

どこまでも劇が続く

幕間だと思っている


カントは、先験的弁証論のなかで

世界の認識、それらは

自らと全体性を照らし合わせることで

その、基盤を作っていくと

これは私の解釈だが

そう書いていた


私は十年前に

これを読んでいこう

あらゆる新しい経験に

手を伸ばしてきた


友達との交流

酒を飲むこと、就活もそうだ


しかし、ある時気がつく

全体性は限界を

超えることはできない

例え、絶望の底から

天を見ても、意気揚々と

金があろうとも、

そこから抜け出すことはできない


だから、ある年齢

または自らの全体性と限界値

それらを知ったところから

人生はその間の途方もない

劇場の幕間をタップダンスで

ただ足音だけを響かせ、

そこで必死に演技をするだけの

ものであると感じている



演技は肉体と精神にあらゆる

影響をもたらす


例え、それが

自衛隊への決起だろうが

SMのようなエロティシズムであろうが

戦争という暴力装置であろうが


そこに、

自分自身の行動という

ある意味、全体と限界

を収縮された

脚本がなければ

それは成立しない


そして、その行動こそが

我々が肉体と精神

心理を認知する最大のヒントであろう



私は河合優実という

女優が好きだ


彼女に没頭した

時期があった


それが今年の初めだ

彼女のそれまでの映画を

あらゆる限り見て

あることに気づいた

彼女も映画という劇場。の中で

必死に演技をする

一人の人間であると


そして、それを最大限

そう、あれはSWITCHという

対談番組で見たのだが

彼女は演技をその自己の収縮として

捉えていると


おそらくそれに近い発言をしていた

そして、ナミビアの砂漠という

作品こそ、その演技。を

最大限に切り取った作品である


私は正直、それ以降の作品は

見ていない。あの映画こそ

彼女の演技の核心であり

それ以降はその写し絵に

過ぎないと思っているからだ



そして、あらゆる革命や

暴力はそれを

発揮したものであり


私達はそれを内的に

秘めて、つまり

人生という劇場のなかで

自己を自分の物語で

認識し続ける


それこそが行動という

私達の根本になっていくのだろう



ではまた